灼熱の砂漠で

だらだらしているスタースクリームとマイスター。マイスタマイ風味。リジェとサンクラ、大帝と司令官の影がちらり。






暑いねぇ。
そう隣で呟く男はごろりと寝転び、ぼんやりと空を眺めている。視線の方向にはぎらぎらと無駄に輝く太陽があり、ずっと見ている男は視覚センサーがおかしいんじゃないか、とスタースクリームは思った。人間の視覚補強器具と同じで、あのバイザーには強力な太陽光線遮蔽能力でも付いているのかもしれない。
暑いのはこちらも同じだ。スタースクリームとしては喚き散らしたいところだが、生憎その元気もない。よわっちょろい人間と違って、灼熱の炎天下に居続けても自分達は死ぬことは無い。が、暑いものは暑い。むしろ、熱い、だ。

なんでこんなに我慢してまで、こんなところに居るのだろう。スタースクリームはそろそろ暑さで支障をきたしているかもしれないブレインサーキットで考えた。
なんて事はない。意地を張っているだけだ。勝手に一人で我慢大会開催中といったところだ。
最初はマイスターに誘われ、二人でのんびりしに来ただけのはずだった。早朝の砂漠地帯は涼しく過ごしやすい。寒いくらいだ。何もない砂だけの世界にごろりと寝転がり、薄く明けてゆく空を見ていた。スタースクリームはそういう光景になんの感動も抱かない性質だが、マイスターは存外ロマンティストだ。彼が綺麗というのなら、そういうものなのだろう。薄暗い空も瞬く星も壮大なエネルギー反応の名残りだと思えば、なるほど悪くはない。
そんな調子でごろごろとしていたら、すっかり夜が明けて砂漠は砂漠らしい暑さを取り戻していった。夜明けの涼しさがまるで嘘のような灼熱。そりゃあ、草木も碌に生えないはずだ。脆弱な有機生命体ではなかなか適応しずらいだろう。
そして熱というのは、自分達鋼鉄の身体を持つ者も悩ませる。暑いものは暑い。正直自分の身体に触りたくないとスタースクリームは思った。隣のマイスターの身体など、言語道断だ。マイスターも同じなのだろう。距離が始めの頃より開いている。ここへ来た当初は寒いからという理由もあるが、恋人らしくぴったりと寄り添っていたというのに。
多分この身体、人間が食べる肉などを置けば良い具合に焼けるだろうと馬鹿な事がブレインサーキットを巡る。今度、サンダークラッカーあたりを騙くらかして連れてきてみようか。ナルビームを当てて放っておけば、良い具合に焼けそうだ。黒いからジャガーの方が良いかもしれない。いけ好かないサウンドウェーブへの良い嫌がらせになりそうだ。

「スタースクリーム。生きているかい?」
スタースクリームが普段考えないような馬鹿馬鹿しい事に思いを馳せていると、発言とは裏腹ののんびりとした声が掛けられた。
「生きてるに決まってるだろ」
「いやー、とんと静かだからね、てっきり」
てっきりで人を殺すな。スタースクリームは思ったが、もうなんか反論するのもだるかった。ぼんやり馬鹿な考え事をしている方が楽だ。暑さは人を駄目にするというが、なんてことはない。トランスフォーマーも駄目になる。メガトロンをエネルギーを餌に砂漠におびき寄せ、ナルビームで…。また同じような考えが過ぎった。とりあえず、誰でも良いからこの暑さを味あわせてやりたい。
「そろそろ移動するかい」
勿論だ。しかしスタースクリームは一人我慢大会真っ最中だったので、イエスと答えられなかった。マイスターが根を上げて泣きつかねば動かないぞ、というおかしな意地を張って返事をしなかったのだ。
マイスターの事だ。なにかしらの虚勢を張る答えを返すと、あっさりと受け入れスタースクリームの欲しい言葉を吐くに決まっている。俺は平気だと言うと、彼は私が無理だと言うだろう。だから、移動しようと微笑むのだ。普段はそれで良いが、今はそれはなんだか気に食わない。

「今度は海へ行ってみようか」
「この身体で行ってみろ。塩塗れになりたいか」
「ああ…良い天然塩が出来そうだねぇ」
「海は飽きた」
「森へ行ってみるかい」
「うざい生き物に身体の隙間に入られるからヤダ」
「確かに虫とか入ってくると面倒だよねぇ。この間アイアンハイドが身体の隙間に、蜂を入れてしまってね。ブンブン五月蝿くて敵わんと喚いていたよ」
その後、ラチェットに黙れと叱られ分解されていたけどね。無事に蜂は外へ出られたけど、アイアンハイドはしばらくバラバラだったよ。
爽やかに笑顔で話す事だろうか。スタースクリームは思ったが口には出さなかった。サイバトロンとはそういうものだ。やっぱりデストロンとは相容れない。というか一緒にされたくない。
「じゃあ、草原」
「誰かと会いそうだからダメだ」
「ああ。草原とか荒野はそうだねぇ」
誰にも会いたくない二人が良く会っている場所だ。見られたら、ちょっとどころじゃないくらい拙い事になりそうだと、マイスターは苦く笑った。自分達にばれていると知ったら、絶対に良くない事が起こる。その片割れを脳裏に描く。彼が言い出すまでは言えやしない。早く祝福してやりたいのに。
「ったく・・・こそこそしやがって」
「そう言ってやらないでおくれ。私達とは立場が違う」
「俺らの方が問題だ。それよりもっと問題なのがいるだろ」
「ほんとにね」
湿っぽくなってしまった。暑いのに。
しかしマイスターはこういう話をスタースクリームとするのが好きだ。彼が思っていたのよりずっと誰かの事を考えられるのだというのが良く分かるからだ。他人が言う彼は人の事など微塵も考えない我が侭で自分勝手な人でなしだが、実際は違う。彼だって誰かの為に行動する事があるのだ。たとえそれが打算や思惑に因るものでも、構わないじゃないかとマイスターは思っている。むしろそういうものの無い付き合いなど有り得ない、という考え方を持っている。無償の愛など無いのだ。

「スタースクリーム、愛しているよ」
そんな事を考えていたら、勝手に口から出た。
視線が痛いな。マイスターは笑った。自分の視線の先は太陽にあるが、さて彼の方を向こうか向くまいか。マイスターは結局目に痛い太陽を見続ける事にした。
沈黙が降りる。さて、そろそろ本気で辛くなってきた。スタースクリームは自分が根を上げるのを待っているだろうから、さっさと望む言葉を口にして、移動しよう。マイスターがそう思い口を開こうとした時、それより早くスタースクリームが立ち上がった気配がした。
そして視界一杯に広がる彼の顔。逆光で真っ黒になってしまっていて表情が良く分からない。流石に太陽光線を浴びすぎたせいか、軽い不具合も出ていそうだ。
近付く黒い影をぼんやりと見ていると、ぐっと腕を掴まれた。暑い。いや、熱い。きっと彼の方が熱いだろう。機体の表面温度はそうとうな高さのはずだ。計りたくない。
「あっちぃ!」
「私も熱いよ」
ぐっと腕を引き上げられ、勢いで立ち上がると手は直ぐに離れていった。スタースクリームは思いっきり手を振り回している。そんな事をしてもここにいる限り、冷めないだろう。
なんとなしに向かい合う。思わずマイスターは吹き出してしまった。スタースクリームは一瞬むっとしたが、すぐに同じように笑い出した。何が面白いのか多分二人共分かっていない。暑さでブレインサーキットがいかれてしまった事にして、しばらく笑い続ける。
「北極でも行くか」
スタースクリームが笑いながら誘う。
「良いねぇ」
マイスターも笑いながら同意した。
「だけど、私は飛べないからね。どうしようか?」
言外に意図を滲ませ、マイスターは肩を竦める。それにスタースクリームがふんと鼻を鳴らし、さっとトリコロールの目に騒がしいF-15にトランスフォームした。
「乗れよ」
そっけなく掛けられた言葉にマイスターは笑い、ありがとうと言いながらその機体に跨った。

「これは熱い。ほんと熱い。ちょっとスタースク、っうわ!」
「俺様も熱いんだよ!我慢しやがれ!」
跨った機体は当然すっかり熱せらており、触れ合った時、ジュッという音が聞こえた気がしたくらいに熱かった。ちょっと恥ずかしい場所――股と太もも――が熱いとマイスターは降りようとしたが、それよりもスタースクリームが飛び立つのが早かった。
「スタースクリーム…なんかひりひりするんだけど」
アレな場所が。
「情けねぇ声だすなよ。飛んでいたらすぐに冷えるから大丈夫だって」
まあ、そうなんだろうけどね。マイスターはもう何を言っても無駄だろうし、高度がすっかり上がった今、自分に出来る事は残念ながら落ちる事だけなので、諦める事にした。後で何かお礼をすれば良い。股がアレなので、まあそういう事だ。今日は下になって貰おう。
「ああ、でも。やはり飛ぶのは気持ち良いものだね」
そんな下心など綺麗に隠して、マイスターは呟く。熱せられた身体に当たる風が心地よい。
「当然だろ」
自分を褒められた訳ではないが、スタースクリームにとっては同じようなものだ。自分と飛ぶ事は同意なのだ。彼だけでなく、それはジェットロン全てに言える事だった。
「飛ばすぜ」
気分が良い。しっかり掴まっていろと、スピードを上げる。風の音に混じって聞こえるマイスターの口笛に、彼もまたご機嫌なのだと、スタースクリームは落とさない程度で、更にスピードを上げた。

北極まであと少し。





FIN