支配者

"SPOTLIGHT:MIRAGE"より。本編はミラージュの見た夢でしたが、こちらは実際離反していたというIF設定です。
ミラージュ(リジェ)とスタースクリーム。ほぼスタースクリームの回想。






淡々と指示を出す背を見つめ、スタースクリームは赤い光をすっと細めた。
なんという自信に満ちた声だろうか。静かだが張りのある声は良く通る。決して荒げる事は無く、常に平坦を保つ。相手を見下している事を隠しもしない、なのに兵士は従う。否、従わざるに得ない。
支配する事に慣れた男は、支配される事に慣れた兵を使う。道具のように。当たり前のように消費する。

支配者と言ってもメガトロンとは違う。これはメガトロンにも無いものだ。コンボイにも無い。そして自分にも無いもので、これからも得る事はないだろうとスタースクリームは知っている。
生まれながら与えられたもの。リジェというトランスフォーマーは支配するものとして生み出された。スパークに刻まれたそれは覆る事はない。民を、兵を支配する事、それが彼の、貴族と呼ばれた彼らの目的であり、意義だ。
兵として生まれたメガトロンにも、民として生まれたコンボイにも、科学者として生まれたスタースクリームにも無い、支配者のスパーク。予め生み出される目的が定められている自分達は、この格差を決して埋める事は出来ないのだ。どれほど求め、たとえ手に入れたとしても、それは仮初めに過ぎない。
それを今、スタースクリームは改めて、その背に感じた。



デストロンの兵達が、サイバトロンから離反したリジェを良く思っていないのは誰もが知る事実だ。サイバトロンから離れたと言っても、デストロンに付いた訳ではなく、彼は独立している。
最早誰の下に付くつもりもない、と。自らの存在を、その意味を思い出したと、彼はスタースクリームに笑って告げた。
もしも必要ならば、力を貸してやっても良い。気が向いたら、の話だが。そう言い、柔らかなソファに腰をかけ誘うように笑う彼の前に膝を付かなかったのは、スタースクリームが科学者であったからだ。唯の兵士であったのならば、その前に頭を垂れていたかもしれない。
民や兵を支配するのは貴族であるが、科学者を支配するのは知、だ。科学者のみならず、知を求めるものは皆そうだ。そうであるように作られた。他者の支配を受け入れる事はない。たとえ、パトロンとして様々な援助を受けたとしても、学者達は決して貴族達の言いなりにはならない。膝を折る事はない。それは双方、共に分かりきっている事だった。
スタースクリームは兵と科学者の言うならば、あいのこ――混血児だ。身体は兵士のそれだが、スパークは違う。試験的に作られ、彼は成功作となった。相反する身体と命の源は宿主を苛み、同時に実験体とされた者達は彼以外瞬く間に消えていった。当時の技術では、スタースクリーを作り出すだけで精一杯だったのだ。
後ほど、研究に研究を重ね、彼らは知を支配者と仰ぐ兵士を幾つか作り上げた。積み上がった幾千、幾万の屍も、彼らにとってはどうでも良い事だった。彼ら学者の意義は、知を求め、知を研磨し、世界を探求し続ける事にあり、他者、否、自分自身でさえ、唯の被検体でしかないのだから。



厭わしく思っているはずの男の指示に、どこかしら恍惚とした感情を滲ませて従っている事に、果たして彼らは気付いているのだろうか。スタースクリームの見る限り、それは無いとすぐに知れた。彼らは皆、気付いていない。無意識のうちに、その指示に従う事に無償の悦びすら感じているのだろう。スパークに刻み込まれたものは、どこまでも自分達を縛り付けているのだ。
あのメガトロンでさえ、強靭なる精神力と、彼が遠い昔に立ち上がった意味に支えられ、支配者の声をかわしているに過ぎない。
彼は支配者を廃する為に決起した。それらは功を奏し、支配者達は一気にその数を減らしたが、思わぬ事が起きた。民衆が牙を向いて襲い掛かってきたのだ。兵と共に民を救う為のそれは、何時の間にか兵と民の戦いになった。その影に支配者の姿を見た時の、メガトロンの怒りはすさまじいものだった。
その時だった。スタースクリームが彼を何時かその座から引き下ろさねばならぬと感じたのは。彼は支配者として優し過ぎた。兵が立ち上がれば、支配者たる貴族が何を使うかなど、明確であったはずだ。彼は知っていたはずだ。唯、きっと信じたくなかっただけなのだ。その甘さがスタースクリームにはいっそ哀れに映った。だから、何時か落ろしてやらねばならない。兵は確かに民より情は薄いが、支配者や科学者よりはずっと他者と繋がらねば生きてゆけぬ生き物なのだから。彼は破壊大帝を名乗り続ける事は出来ない。壊れてしまうだろうから。
スタースクリームはそんな壊れてしまったメガトロンを見たくは無い。彼が被検体として興味を持ったのは、スパークに刻まれたものを覆そうとしたその意思。そこへ至った思考の道筋。そういったものだ。そして偽りの支配者に従う者達の動向。メガトロンとコンボイ。二つの陣営の危ういバランス。支配者を失った者達の末路。

そろそろ終わりの時だ。スタースクリームには分かっていた。情深き民はそれゆえに異物を忌み嫌い、排出した。民の中にいた異物。支配者のスパークを持ったリジェ。決して自分達に交わる事の無い彼を、それでも止まろうとしていた彼を、決断させたのはサイバトロンという民衆だ。彼らは兵をなったが、あくまで本質は民でしかない。最も情深き生き物。その情の深さゆえに異物には何よりも残酷になるのだ。凶暴になれるのだ。その自覚なくとも。
支配者を支配者に戻したのは他ならぬ民達。何が悪いという訳ではない。ただ、そういうものなのだ。メガトロンやコンボイのように規格外の意思を持ってはいない民や兵に、そのスパークに刻まれたものは覆せない。それだけの話だ。
民は民。兵は兵。民がどれほど力を付け兵士のように振舞おうとも、兵が武器を捨て民衆に紛れ込もうと。民になろうとした支配者は排除され、兵になろうとした科学者はどこまでも馴染まない。
なにも変わりやしなかった。自分達は変われない。

「スタースクリーム」
支配者の顔で、支配者の声が呼ぶ。
「ああ」
何食わぬ顔で応え、スタースクリームは隣に立った。
「どうした?」
問う。意味はなかった。
「お前は面白くないな」
支配者はそう答え、小さな、しかしはっきりとした声で出撃の命を出した。いや、彼に取ってそれは命でない。ただそう言っただけの事。しかし周囲にとってそれは命だ。支配者の声は何であっても命令となる。
スタースクリームはその背を再び見つめ、そっと溜め息を吐いた。
終わりは近い。誰のものかは、知らない。





FIN