仄かな光のもとで
ラチェ→アイ。出来る前。乙女で男前な先生もたまには、ね。





「さて。残るはラボか」
アイアンハイドはラチェットを探していた。彼は先の戦いでの負傷者のリペアを済ませた後、ふらりと姿を消してしまった。最後に回すように言ったアイアンハイドのリペアを行わずにだ。彼のリペアは結局ホイルジャックが行った。
ホイルジャックは何か知っているようだったが、何も言わず、ただ気になるようなら行ってやってくれとだけ言った。それに訳も分からぬまま頷き、アイアンハイドは今、ラチェットを探して基地内を歩いていた。

自室から回って基地内をあらかた探し、ラボに辿り着いた。ここに居なければ外へ行ってしまったということだろう。アイアンハイドはなんとなく、自分はその場合も探しに出るのだろうと思った。

扉を開く。ロックはかかっておらず、警備員として少し無用心だと思いながら、中へと入った。中は薄暗く、入り口から少し離れた場所に仄かな光源があった。アイアンハイドが探している人影もまたそこに居り、濃い影を伸ばしていた。
その背にゆっくりと近づき声をかける。
「ラチェット」
驚いたそぶりは全くない。最初から分かっていたのだろう。影はゆっくりと振り返った。
「アイアンハイドか」
「飲んでいるのか?」
その手にあるグラスを指差し問う。聞く必要などない問いだ。
「ああ」
少しな。ラチェットはそう言い、再びアイアンハイドに背を向けた。
「ラチェット」
アイアンハイドの声には少しの怒気が含まれていた。戦いの後で皆が疲れているのに何をしているのだろう、そういった彼らしい生真面目な怒りだ。自分のリペアを放っておかれたことについては、彼は何も思ってはいない。
「座れよ」
そんなアイアンハイドの声をさらりと流し、ラチェットは自分の隣の席を指差した。
背を向けたラチェットの表情は分からない。アイアンハイドはやはり怒りは収まらないが、ラチェットの声がいつにも増して柔らかいのに気付かない訳ではなかった。
怪訝に思いながらも、勧められるままに隣に腰をかけた。

灯りが近くなり、周囲の状態が視覚センサーでしっかりと確認出来るようになった。
机の上に転がった空のキューブの数に、アイアンハイドははっきりと顔をしかめる。
「ラチェット!お前、これはっ!」
「ああ・・・落ち着けよ、アイアンハイド」
「お前な!これは飲みすぎだろうがっ!ったくこんな短期間にどれだけ・・・」
「ははは。私は大丈夫さ。・・・酔えない」
アイアンハイドの心配と怒りにラチェットは笑って返した。そうしてまたエネルゴンを煽り、空になったキューブを転がした。
新しいエネルゴンに伸ばされる赤い手をアイアンハイドはしっかりと掴み、止めた。
「アイアンハイド」
「やめろ。何か様子がおかしいぞ、お前」
「おかしい?何を言ってるんだ。何もおかしくなどないさ。さあ、手を離してくれよ」
そんなことを言われて離せる訳が無かった。
しばらく無言の攻防があった。口が立つのはラチェットだ。しかしこういう時に先に折れるのもまた、ラチェットだった。
そろりと自分の右手を握る黒い手の上に、左手を置き、ぽつりと話し出した。
アイアンハイドは何も言わず、ただ聞くことにした。

「たまにな、思い出す。助けられなかった時のことを。こちらに来てからは・・・幸い誰も死んでいないがね。セイバートロンに居た時の頃は覚えているだろう?あれは酷いものだった。私は何人、助けられなかった?全て覚えているさ。全て」
「・・・」
「おっと、アイアンハイド。仕方が無かった、なんて言わないでおくれよ。それは分かっているさ。当然さ。私はなんでもかんでも直せる訳じゃない・・・直したくても・・・無理なんだ。いくらでも壊してこい、なんて言うけどな。死んだものは直せないんだよ、アイアンハイド。身体がばらばらになっても、首だけになっても、全身がボロボロになっても直してみせるさ。生きてさえいてくれれば」
ぎゅっと自分の手を握る赤い手の上に、アイアンハイドはそっと手を置いた。四つの色の違う手が積み重なる。

こういった弱音にも似た言葉は初めて聞くものかもしれない。
いつもどこか落ち着いていて、そして喰えない男だ。それがアイアンハイドの中のラチェットだった。
強い男だと思っていた。医者としての立場上、己の無力も世の無常さも飲み込んでいるのだと思っていた。
それがどうだ。本当のラチェットはアイアンハイドが思うよりも更に強い男だったのだ。こうやって過去を思い出し、そして人に語れるほどに、彼は強い。
自分だったらどうだろうか。過去の無力さを受け入れた上で誰かに話せるだろうか。武勇伝のひとつでもなく、笑い話にもせず、同情を買うこともせずに。
難しいかもしれない。弱さを見せることは本当に難しいことだ。

アイアンハイドは何も言えなかった。相槌ひとつ満足に返せない。ただ、彼に出来たのは隣に居るくらいだった。
しばらくして、肩に重みがかかった。隣を見ずともそれが何か分かった。
「少しだけ」
小さな小さな呟きだった。しかしそれははっきりと聞こえ、そうしてアイアンハイドの記憶回路に深く刻まれた。
アイアンハイドは身じろぎもせず、何も言わず、沈黙を守った。。
そっと肩を見る。微かな光に浮かび上がるその白い顔に、どこかがずきりと痛むのを感じた。





FIN