ハロー,マイフレンド
同族嫌悪な二人。ドS副官/ドSM音波/ドS副官。副官上手。多分、セイバートロン中立地帯の一角。あっても良いじゃない、そんな場所がこっそりと。夢を見る力は∞。





その時、マイスターはひとり鄙びたバーで飲んでいた。客は彼以外いない。初老のマスターがゆっくりと丁寧にグラスを拭いている。彼から話しかけることはなく、常連であるマイスターさえもその声を聞いた回数は両手で足りる。
初老、というのはマイスターの主観だ。本当のことは知らない。名前も知らない。マイスターにとって彼はただこのバーのマスターであり、それ以外の何者でもなかった。
落ち着いた場所と、美味いエネルゴン酒があればそれで良いのだ。

「ロックでもう一杯くれないか」
空になったグラスをカウンターの端に寄せ、おかわりを頼む。
無口なマスターはそれに何の反応も見せず、グラスを磨き続けている。しばらくしてきゅっと最後の一拭きを終え、そろりとグラスを仄かな灯りの元に翳す。掲げられたそれをマイスターは頬杖を付き、目を細めて見上げた。

空のグラスに氷を一つ。次いで、パープルの液体が注がれた。少し粘性を帯びたそれは氷に纏わり付き、そしてどろりと広がった。
手に取り、くるりと回す。重く粘性のある液体は鈍い動きでグラスを流れ、絡め取られた氷がのそりと転がった。
そっと口付け、ひとくち含む。冷たい液体は舌先で熱を孕み、呑み込むと喉と臓腑をゆるゆると焼いた。強い酒だ。やはり美味い。久方ぶりのそれにマイスターは知らず頬を緩めた。

マイスターがそうやってゆっくりと違法酒を味わっていると、新しい客が来た。建てつけの悪いドアが軋み、静かな店内に音が響いた。
普段は誰が来ようと気にもかけないマイスターだったが、この時はなんとなく後ろを振り返った。キィ、とスツールが軋んだ音を立てた。

おやおや、彼もここの客だったとは。ここへ通いだしてからそれなりになるが、一度も顔を合わせたことはなかった。もっとも滅多に他の客を見ることも無いのだが。
ここでは立場は関係がない。ただ静かに酒を飲む為のだけの場所だ。軽く挨拶を交わし、思い思いに過ごす。時には会話も弾むこともある。それがデストロンであろうとも。

「やあ」
マイスターは何時も通り軽く手を挙げ、声を掛けた。
新しい客はそれをちらりと一瞥したが、反応はせず、ひとつスツールを挟んで座った。本当はもっと離れた場所に座りたかったのだろうが、あいにく席はみっつしかない。その事になんとなく気付いたマイスターは面白いと感じた。
わざとらしく頬杖を付き、そちらを見る。男は淡々とマスターに何かを注文している。もっとも注文する酒の種類は限られている。案の定、男の前に出されたものはマイスターが頼んだものと同じだった。益々面白い。何が愉しいのかはいまいち良く分からない。少し酔っているのかもしれないが、その気分に大人しく従うことにした。
グラスを持って席を立つ。するりと移動し、男の隣へ移った。再びちらりとこちらを見たその顔は、いつもと同じ無表情だった。しかしマイスターはそのバイザーとマスクの下に不機嫌な表情を見出し、堪えきれないとばかりに小さく吹き出した。

「いやぁ。サウンドウェーブ。お前さんは無表情だと思っていたのだが、どうも誤解だったようだね。ははは。そんなに睨まないでおくれよ」
にこやかにマイスターが話しかける。乾杯とカウンターに置かれたままのグラスに自分のグラスを軽く当て、笑顔で中身を煽った。
サウンドウェーブはやはり表情を変えないまま、何も言わずにグラスを煽る。一気に飲み干し、マイペースにグラスを磨き続けるマスターにおかわり、と二杯目を頼んだ。
「お前さん、強いねぇ。私はねぇ、好きなんだがそれほど強くはないから、ゆっくりと飲むのだがね。そういう飲み方もしたいものだよ。知っているかい。サイバトロンで一番強いのは誰だと思う?デストロンで一番強いのは誰かねぇ?」
嫌がるのを承知でマイスターはサウンドウェーブに向かって話しかけた。
サウンドウェーブは注がれた二杯目をすぐに煽って空にし、またおかわりと頼んだ。心なしかこちらを睨む回数が増えたようだった。マイスターは内心でほくそ笑んだ。
「そんなピッチで飲んで大丈夫なのかい。逃げやしないよ、酒は」
「煩イ。黙レ」
ようやくサウンドウェーブが口を開いた。いつもと変わらない台詞にマイスターは肩を震わせ笑った。
「何ガ可笑シイ」
はっきりとこちらに関心を向けてきている。あの常に周りに無関心なサウンドウェーブがだ。数少ない例外ほどに踏み込むつもりは無いが、こういうタイプに関心を持たれるのは中々面白い。
まともに話したことは無いから、マイスターは彼のことを冷静で腹の読めない喰えない男だと思っていた。しかしどうだ。彼は意外と脆いのかもしれない。表情を隠したバイザーとマスクを剥ぎ取ってやれば一体どんな顔を見せるのだろうか。
そこまで考えてマイスターは顔に出さずに笑った。こうもあっさりと自分の嗜虐性を煽る相手も珍しい。マイスターは自分はどこかサディスティックなところがあるとは知っていたが、はっきりとした形で認識したことはなかった。どうやら思っていたよりもその嗜好は激しいかもしれない。

「サイバトロンはイカレた奴らばかりカ」
はっきりと声に不快感を滲ませ、侮蔑の言葉を投げかける。マイスターの考えを読んだ訳ではないだろうが、不穏な空気を感じ取ったのだろう。大きな身体がほんの少しだけ壁際に寄り、距離が開いた。
このまま更に近づいても良いが、それではきっとサウンドウェーブは逃げるだろう。マイスターはそう思い、逆に少しだけ距離を離した。
「まあまあ。そんなこと言いなさんな。おたくのところも大概だと思うがね」
酒を含み、マイスターは笑った。
「ほら、時にあのおたくのところのナンバーツーとかね、いやいや中々のものだよ」
「・・・ドイツもコイツもバカばかり」
ぐっと煽って四杯目。マスターは黙って次いだ。
少し酔っているのかもしれないな。マイスターはそう思ったが止めることはしなかった。

それから大した内容の無いだらだらとした話を続けていた。お互いに機密は一切話していない。自分より遥かに酔っているだろうサウンドウェーブだが、そういうところは流石だとマイスターはひっそりと思った。
「おいおい。大丈夫かい?」
サウンドウェーブは上半身が今にもカウンターに懐きそうになっている。マイスターはその肩をゆるりと揺すり、心配げな声を掛けた。勿論、本当に心配はしていない。寝てしまえば置いて行くつもりだった。
「ダイジョウ、ブ、だ・・・」
「酔っ払いの大丈夫ほどあてにならないものは無いねぇ」
笑って覗き込む。バイザーの光が最初より明らかに揺らめいていた。
「酔って、ナイ」
「本当に?」
「本当ダ」
頷きながらそう返すサウンドウェーブの様子に、マイスターは益々笑みを深めた。本当にこのまま滅茶苦茶にしてやりたくなるじゃないか。
しかしここは場所が悪かった。マイスターはお気に入りのこの場所を出来るなら無くしたくなかった。
仕方がないな、と肩を軽くすくめる。ちらりとカウンターの奥を見ると相変わらずのマスターが居た。
「お会計を頼むよ」
提示された金額を払い、マイスターは席を立った。サウンドウェーブがのそりと顔を上げる。
「先に行くよ」
「早ク消えロ」
「消えて欲しくないって言っているように聞こえるねぇ」
「失せロ」
「ははは。払っておいたからね。今回は私の奢りだよ」
「次は無イ」
ははは、そう言うなよ。そうマイスターは笑って言い、身をかがめた。サウンドウェーブがリアクションを起こす前に、彼はすばやく去って行く。

「今度は二人っきりでね」
耳元で何を囁いていくのだろうか、あの男は。
サウンドウェーブはその一言で酔いがすっかり覚めた。頬に手を当てる。チッと舌打ちをし、甲で乱暴にぬぐった。
あいつは油断ならない。やはりサイバトロンは滅びるべきだ。
サウンドウェーブはスツールから立ち上がった。無言でドアに向かう。軋んだ音を立てドアを開け、外へ出た。

マスターはやはり何食わぬ顔でグラスを磨いているのだった。





FIN