恋愛のススメ
恋愛行動が真逆なふたり。まったく話が通じない。ギスギス保安員イライラ副官。アラ→イン、マイ→コン、コン→←メガ。
副官、お願いしますよ。
マイスターは基本的に頼まれごとに弱い。弱いというのは語弊があるかもしれないが、よほどの無茶を言わない限り、彼は頼まれごとにNOは言わなかった。
時に快く、時に渋り、朗らかに笑い、苦く笑ってマイスターはサイバトロンの頼みごとを聞くのだ。
その頼まれごとを聞いた時、マイスターは自分に好奇心とお節介があったことを認め、そしてその時の自分を少し恨むのだった。
普通の面倒事ならまだ良い。まさか矛先がこちらに向いてくるとは。もう何度目か分からないが、やはり他人の恋愛事には首を突っ込むべきではないと心に戒め、そしてまた破られる未来を見た。
何度目になるか分からない溜め息を漏らす。
「どうしても諦められないのかい?」
「無理なものは無理です」
少しの苛立ちを滲ませかけた言葉に、きっぱりとした否定が返る。
「貴方もしつこいですね、副官」
「君の相当頑固だよ、アラート。インフェルノは困っているのだよ?好きな相手を困らせてどうして君は平気なんだね」
「平気な訳は無いでしょう。でも止められないし、止めればきっともっと酷くなる。貴方に頼んだのはインフェルノじゃないのでしょう。首を突っ込まないでください」
「・・・傍から見ていてインフェルノが可哀相だそうだよ。彼自身が何も言っていないからと言って、そんな印象を持たれていることは事実としてあるのだよ」
「知ってます。でも諦めるのは無理なんです。彼が傍から見て困っているように見えるからと言って諦められるような聖人君子じゃない」
「いつか、彼から突き放されるよ」
「離れません」
「逃げられるよ」
「追いかけます」
「嫌われるよ」
「・・・」
「その時になって悔やんでも遅いんだよ、アラート」
マイスターは畳み掛けるように言った。きつい言葉かもしれないが、ゆるく言ったところでアラートは聞かないだろう。
「・・・俺は。俺は貴方とは違う」
「・・・」
俯きがちだったアラートが顔を上げ、キッとマイスターを睨み付けた。そして明らかな苛立ちと不機嫌を滲ませ、言葉を紡ぐ。
「今、この想いを無理矢理抑えたところできっと後悔するんだ。いや、そもそも抑えられるようなものならこんなことになってない。どちらにしても後悔するなら、副官。俺はこの想いのまま動く。どうせ俺から動かないとどうしようもないんだ。・・・恋愛は綺麗事じゃない。あんただって知っているはずだ。あんたは綺麗事で済まそうとしているようだがな」
「何が言いたい?」
「あんたは可哀相だって言っているんだ。臆病な副官」
「私から見れば、アラート、お前こそ可哀相なヤツだよ」
マイスターとアラートはしばし睨み合った。先に口を開いたのはアラートだった。
「・・・もう放っておいてください。少しの希望に縋らせておいてください・・・」
「・・・」
「俺は貴方とは違う。気持ちが割り切れるはずなんて無いんだ。いつか無理が出る。その時は指をさして笑ってあげますよ、副官」
「言ってくれる。君が完全に嫌われた暁には私の秘蔵のエネルゴンを開けてあげようじゃないか」
「腐ってなければ良いですがね。トランスフォーム!」
「どこへ行くんだね」
アラートはビークルモードにトランスフォームし、エンジンをかけた。
「その辺を。並んで走りたくありませんからね」
吐き捨てるようにそう言い、ファイアーチーフのカウンタックはマイスターの前から走り去っていった。
一気に小さくなった影を見つめ、マイスターはまた溜め息を付いた。
「失敗したな」
ひとりごちる。何に対してか。今回のこと全てに対してだ。
「私もまだまだだねぇ」
マイスターはビークルモードを取り、そのエンジンをスタートさせた。真っ直ぐに基地への道を行く。
可哀相、か。帰路のなか、マイスターは思考した。
アラートは自分のことを可哀相だと言った。そうなのだろうか。自分は傍から見て、可哀相に見えるのだろうか。あの人の事を想って、しかし何もせずにただ隣に居ることを選んだ自分は、哀れなのだろうか。
無理だと諦める方が楽だ。しかしアラートは違うと言う。アラートの行っていることはとても正しいとは思えないが、間違っているとも言えないかもしれない。
あの人の心は自分に向くことはない。本当に?彼を捕らえて離さないものが絶対だと本当に言えるのだろうか。
求めることが怖い。マイスターは笑った。臆病者。確かにそうだ。しかしアラート。お前も愚かだよ。羨ましくもあるが、愚かだ。
全く上手くいかないものだ。
そうこうしているうちにマイスターは基地に着いた。ビークルモードのまま、入り口を抜け、奥へと進んだ。
皆出払っているのか、反応は無い。ただ一つだけ、テレトランワンの前に反応があった。
マイスターはその近くでビークルモードを解除し、ロボットモードに戻った。
「司令官。マイスター、ただいま帰りました」
「おお、おかえり」
マイスターが声をかけると、何も警戒していない様子でその人が振り返った。
全く警戒されていないというのは、とても嬉しくもあり、少しだけ寂しくもあった。これがあの男ならば、コンボイはきっとその存在を強く意識するだろう。そう考えると、マイスターのブレインサーキットに微かなノイズが走った。嫌な感覚だ。
「司令官だけですか?皆はどこへ?」
そんな考えをおくびにも出さず、マイスターは常の冷静さで皆の不在を問うた。
「ああ。それぞれ別の用事があるとか。珍しいこともあるものだよ。お陰で私は一人留守番をしているという訳さ」
コンボイは朗らかに笑ってそう言い、テレトランワンのモニターに目を向けた。
「過去の戦いを分析していたので?」
誰の、とは言わなかった。問わずともモニターに映っているものでマイスターはその意味を正確に理解していた。
「ああ・・・。全く見れば見るほど手強い。なかなか良い作戦は思いつかないな」
「そうですね。ずっと大人しくしていてくれれば良いのですが」
「そう・・・だな」
歯切れが悪い。複雑な人だ。マイスターはそう思った。人のことを言える立場では無いが。
そして少しだけ行動に出てみよう、と思った。意地になっているのかもしれない。
「司令官」
「どうした?」
「私は可哀相に見えますか?」
そうマイスターが尋ねると、コンボイは驚いた顔をした。当然だろう。いきなりこんなことを聞かれれば誰だって驚く。その顔を見て、マイスターは頭が覚めた。
「いえ、すいません。なんでもありません」
もう遅いと思いつつ、マイスターは発言を取り消そうとした。コンボイはきっと笑って流してくれるだろう。そう思って。
しかしコンボイは希望的予測を裏切り、神妙な面持ちで口を開いた。
「マイスター。何かあったのか?私に出来ることなら言って欲しい」
じっと視線を合わせ、コンボイは真摯な声で言った。マイスターは自分のバイザーの奥まで見透かされるような気持ちになった。その気持ちが口を滑らせた。
「・・・そう見えると指摘されました。私はそうは思っていません。ですが、そう言われ分からなくなってしまいました。望みが叶うことを求めないのは可哀相だと。・・・おかしなことを言ってますね。すみません、司令官」
「マイスター」
「はい」
「お前から見て、私は可哀相かね?」
「い、いえ。そんな事は・・・」
「ならばお前も可哀相ではないよ、マイスター」
「司令官?」
コンボイの声はひどく優しかった。そしてその瞳はどこか遠くへ向けられている。マイスターはそう感じた。
「私も叶うことを望んではいけない想いを持っている。全ての者の望みが叶えば良いと思う。しかし叶うべきでないものも、確かにあるのだ。哀しいことだが、それは可哀相なことではないと思う。私は自分が可哀相だとは思わないよ、マイスター」
その望みは何か。マイスターが知っていることをコンボイは知っているのだろうか。それとも知らずに言ったのだろうか。コンボイなら有り得る。彼は良くも悪くも驚くほど的確に真実だけを見抜く。的違いの解釈をするくせに、ひとつの真実は間違わないのだ。
「・・・ありがとうございます」
「お役に立てたかな?」
「勿論です」
「それはなにより」
マイスターとコンボイは顔を見合わせ笑った。
ああ、だけど司令官。少しだけ期待して、そしてそれに賭けてみても良いですか。
「司令官」
「ん?」
「愛してますよ」
「・・・私もだよ、マイスター」
「ありがとうございます」
アラート。少しだけ君の気持ちが分かったよ。だけどね、やはり君のはちょっとやりすぎだね。今日のことで君にも何か変化があれば良いのだけどね。
マイスターはコンボイの隣に立ち、テレトランワンのモニターを見た。
モニターの向こうでは破壊大帝がその右腕のはずのNo.2を追いかけていた。呆れるほど平和なものに見え、マイスターは笑った。
FIN