腹心二人
※映画版その後。小説版での展開は関係ありません。メガ様は本気でフォールンの死にショックを受けてます。
スタースクリームとサウンドウェーブの話ですが、メガオプメガが根底にあります。
スタスクと音波はお互いに認め合ってます。上司が大変なひとだから。
スタースクリームはほう、と口から小さい呼気を出した。
ここは良い。落ち着ける。薄暗く、そして湿った冷たい世界は酷く静かだ。長い時を過ごしたネメシスは今、その機能を停止させている。飛べなくなった輸送船は、新たな命を育む依代となった。不完全ではあるのだけれど、その胎内には無数の卵を抱えている。
ネメシスも、そしてそこで過ごしてきた者達も、もはや誰も残っていない。スタースクリームを残して皆いなくなった。感傷に浸るような仲ではなかったが、それなりに優秀であったクルー達を失ったのはディセプティコンにとっては痛手だ。あまり思考する事を得意としない、若しくは嫌う者の多いディセプティコンにおいて、ネメシスクルーはその任務内容からある程度の知能を求められ選出された。スタースクリームからして見れば、大した知能ではないが、彼らは自ら思考し行動することを知っていた。
その個性から散々手を焼かされてきたが、地球においてオートボッツと人間の連合軍に対した時、彼らがいかに優秀であったか思い知ったのだ。
それは長く辛い共同生活が齎したものだったのかもしれないが、普段こちらの命令などまるで無視をする連中が、先日の地球での戦いを顧みるに、戦いの最中だけはいかに統率が取れていたことか。あの時、連中がいればスタースクリームやメガトロンが逐一指示を与えなくとも、なんらかの作戦を立てこちらが有利になるように動いただろう。あの場にいたディセプティコンは愚直に策を立てず立ち向かうのみだった。そんな状況で統率の取れ、作戦を持ってこちらに対するオートボッツと人間に勝てるはずもなく。残ったのは、自分とメガトロンのみだった。
惨敗だ。しかしスタースクリームは悲観していない。ある意味、彼は自らの望みのひとつを叶えていた。いや、ふたつか。
自分では今は倒せなかったものがひとつ、消えた。フォールン。邪魔でしかなかった過去の遺物だ。何故、メガトロンがアレを慕い従っていたのかは全く理解出来なかったが、もうそんな疑問も感じる必要は無い。屈辱を押し殺して従う必要も無い。彼を仰ぐ者達も、きっと目が覚めるだろう。ディセプティコンの長が誰なのか。それはメガトロン以外にはおらず、そしてその後を継ぐのはスタースクリームしか居ないのだと。
そしてメガトロンが復活した。オプティマスも生きている。舞台は整った。オプティマスは何故だか分からないが恐ろしく強くなった。メガトロンは本調子ではないのか、かつての精彩を欠いているように思える。フォールンがいなくなった事でどうなるのかは分からないが、きっとこれ以上悪い方へはいかないだろうとスタースクリームは考えていた。
現状のオプティマスと、調子を取り戻すであろうメガトロン。二人は互角に戦うだろう。それで良い。それが良い。スタースクリームは笑った。
共倒れが理想ではあるが、勝利した方も相当弱っているだろう。スタースクリームが労せず倒せるほどに。
なんだったら、二人が消耗したところを自分がトドメを刺してやっても良い。それが一番良いのかもしれない。オプティマスとメガトロンを良く知るスタースクリームは思った。一緒に死ねるのだ。きっと彼らにとっても本望だろう、と。
今度こそゆっくりと休めば良いのだ。二人で永遠に。
スタースクリームは気配を感じ、振り返った。誰だと問う必要はない。ここにいるのは、生まれるはずのない未熟児と、ディセプティコンの首領、そして彼だけだ。
「休まれたのか」
問いかけに男は頷きで応え、スタースクリームの周囲を見回した。あまり良い気はしないらしい。無表情な中に微かな嫌悪が見て取れる。
確かに見ていて楽しいものではないだろう。しかしスタースクリームは良くここに居る。フォールンの命で作り始めた、今のままでは孵らない卵がここには無数にある。
「何時まで、それを作り続けるつもりだ」
「そうだな。メガトロン様がいらないと言えば、止めるつもりだ」
「必要だと言うと思うか」
「さあ」
ゆっくりと優しい手付きで卵のひとつを撫でる。ぶよぶよとしたそれは脆く、ほんの少しの力で壊れ、中身を吐き出す。指にぬらぬらとした液体が付着したが気にせず、スタースクリームはもう一度、まるで慈しむような手付き撫でた。そしてそれにゆっくりと爪を立てる。破れた皮膜から中を満たしていた液体が飛び出し、広がった穴から未熟な幼生がずるりと吐き出された。落ちる前に受け止め、手の中に抱く。それはビクビクと軽くのた打ち回っていたが、やがて直ぐに大人しくなった。
「悪趣味め」
侮辱の言葉にスタースクリームは笑った。
「そうでもないさ。昔は・・・俺達の頃はこれでもう十分だった。これだけ成長していれば、自ら外界に出てきたものさ」
それがこの様だ。
死んだ幼生を手に掲げ、溜め息を吐く。エネルギーが足らなくて、外界に出た途端生命維持が出来なくなる。
ほら、と遺骸と放り投げると、彼は受け止めるはずもなく、叩き落した。スタースクリームはやれやれと肩を竦めた。
そして話題を代える。
「どうだ。お前から見て」
ずっと見ていたのだろう。地上での一連の出来事を。
誰がとは言わないが、通じているだろう。男の冷たい赤の視線が真摯な光を帯びた。
しかし男は何も言わなかった。代わりにスタースクリームが口を再び開く。
「質問を変えようか、サウンドウェーブ。お前の主は誰だ?」
「・・・唯一人だ」
「「メガトロン」」
同時に同じ名を口にした。そう。二人の主はフォールンなどではない。たとえ、その主が師と仰ごうともフォールンは敬意を向けるに値しない。全てはメガトロンの為に、従っていたにすぎない。
だが、男は盲目的にはなっていない。それをスタースクリームは知っていた。どこぞの猟犬ではないのだ、この男は。もっと狡猾で賢しい。
だからこそ口にした。危険な問いを。
「サウンドウェーブ。お前は戻ると思うか。かつてのあの方に」
男の視覚センサーに剣呑な光が宿る。しかしそれは一瞬の事だった。ゆっくりと男は喋りだした。
「それは何時の事だ、スタースクリーム。お前も今更あの時代に戻るとは思っていないだろう」
メガトロンが変わったあの時代。遠い遠い過去の事だ。スタースクリームとサウンドウェーブは変わる前からメガトロンに従っていた。そして彼が変質した後も、傍に居続けた。
「そうだな。だが、もしだ。もしも、そこまで戻ったらどうする?」
「・・・オプティマスが許すとは思えない。そしてあのお方ももはや求めないだろう。よって現状は変わらない」
「俺もそう思う。ではもうひとつ聞こう。変わらなかったら・・・どうする?」
スタースクリームは思い出す。フォールンがオプティマスに倒された時のメガトロンを。見ていたはずだ、サウンドウェーブも遥か高みからその姿を。
「仇討ちなどと言い出したら、サウンドウェーブ、お前はどうする?」
沈黙が続いた。答える気が無いのか、それとも迷っているのか。どちらでも良いとスタースクリームは思った。ならば自分の言いたい事だけを言っておけば良いのだと、口を開く。
「俺は見限るということを視野に入れている。もはや、見るに耐えんからな。それにそんな事にかまけていては復興も出来やしない。何時まで卵から出れないものを育てなければならない?」
それは間違いなく裏切りの予告だ。あえてそれをスタースクリームが口にする理由。サウンドウェーブは推測し、その理由のひとつに同意した。決して表には出さないが、それは確かに同じ思いだと感じたのだ。そして、サウンドウェーブは知っていた。彼が本気で一族の復興を望んでいることを。
「お前の裏切り宣言は、今更だ」
ディセプティコンにとっても、メガトロンにとっても。スタースクリームが首領の座を狙っているのは周知の事実だった。
だから、告げ口する価値は無い。その言葉の裏に隠れた真意にスタースクリームは気付いただろうか。
もしも、メガトロンがディセプティコンの存在意義を否定した時はどうなるのか。それは分からない事だとサウンドウェーブは思った。その時になってみないと分からない。自分の隣に居るのはメガトロンに違いないが、あるいは。目の前の男が隣に立っている未来も否定出来ない。敬愛する主といえど、度を過ぎた愚かさは見るに耐えない事だ。
スタースクリームが笑った。意図するところを正確に捉えたのだろう。
「流石はサウンドウェーブだ」
その厭味ったらしい賛辞にサウンドウェーブも笑った。くぐもった声が室内に響く。そして話は終わったとばかりに背を向け、開きっぱなしの壊れたドアを潜った。
「サウンドウェーブ」
呼びかけられ、足を止める。振り向きはしなかった。
「目覚めた時が楽しみだな」
「スタースクリーム。何があってもどういう事になろうと、俺の主は唯一人だ」
たとえ、裏切る事になろうとも。
FIN