WIEGENLIED
『腹心二人』の直前の話になります。題名はシューベルトの子守唄(笑)。
音波もスタスクもフォールンが大嫌いで、色々な思惑はあるけどメガ様が大好き。ほんのちょっとだけスタ音波スタ表現あり。あとやっぱり根底にメガオプメガがあります。匂わす程度で。
音波触手の出番ですが、エロくは無いはずです。
酷い損傷を負った主の身体を預けられ、サウンドウェーブは細心の注意深さと丁寧さでそれを支えた。十分な余裕を持って受け止められる自分の大柄な体格に感謝する。
メガトロンは無言のまま、大人しく支えられている。その理由をサウンドウェーブは知っている。そっとスパークの内で溜め息を吐いた。そして目の前の男を見据える。
男はじっと主を見つめていた。感情の伺えない静かな赤い光。常の分かりやすさはそこにはなかった。主から視線を外し、その瞳がサウンドウェーブに向けられた。
『休ませてさしあげろ』
音声ではなく直接回線に送られた言葉に、ゆっくりと頷く。そして音声でもって問うた。
「お前はどうするのだ。スタースクリーム」
「俺も少し休むとする。よろしいですね?」
メガトロンは何も言わなかった。どうでも良いのだろう。今のこの方にとって自分達の動向など、気にかける価値の無いものだ。元々そうであるが、それ以上に無関心になっている。
沈黙を肯定と受け取り、スタースクリームは自分達に背を向けた。歩き出すとなにか違和感があった。彼は微かに足を引き摺っている。
遠ざかる背を良く見ると、彼もまたその身体に無数の傷を負っていた。メガトロンほどではないが、よくもまあ、あの身体で自分より体格の良いメガトロンを支えて帰ってきたものだと感心する。他の者ならば当然の事だが、スタースクリームとなると違う。
そして考えた。彼が身体的にも精神的にも満身創痍であるメガトロンに牙を向けなかった理由。わざわざ連れ戻した意味。
主への敬愛だけでは説明がつかない。スタースクリームはそういう男だ。なにかしらの打算がある。
サウンドウェーブはゆっくりと歩き出した。支えている身体も少し遅れた歩調で歩き出す。抱き上げて運んでも良かったが、足取りはしっかりとしているので止めておいた。
そうして肩に求め続けた重みを感じながら、ブリッジへと向かう。メガトロンを休ませるのに、そこが妥当だと考えたからだ。壊れ機能しない船の、意味を失ったブリッジ。そこにある司令席は真実の主を待っていはずだ。
過去の遺物でもなく、仮初めの首領でもなく、ネメシス、いやディセプティコンが真実仰ぐべきはこの方しかいない。サウンドウェーブはそろりと肩へと視線をやった。傷付き戦場の汚れにまみれているが、そのうつくしい銀色の輝きは損なわれてはいない。顔に走った深く抉れた傷すらもうつくしい。そこを指で触れたい欲求に駆られたが、サウンドウェーブは制御する事に成功した。触れてしまえば、更に奥深く抉りたくなってくる。無数の接続端子がそこに入りたいと体内で蠢いていたが、今はまだ駄目だと抑え、一歩一歩、歩を進めた。
貸していた肩から重みが消える。本当はサウンドウェーブの支えなどいらなかったのだろう。メガトロンは存外しっかりとした動きで、そこへ腰をかけた。
あの戦いの後、サウンドウェーブは一足先にネメシスへと帰還していた。そして荒れ果てていたこの席を少しでもマシな姿に戻した。瓦礫をどけ、埃を払った。セイバートロンの本基地に設えてある玉座には遠く及ばないが、それでも主が座る席として体裁を整えておきたかったのだ。
深く腰をかけたメガトロンは視線を宙に彷徨わせている。
今だ、混乱があるのか。その姿にサウンドウェーブは微かに苛立ちと、そして情欲を感じた。苛立ちはオプティマスにより無残な死を贈られた男に向ける。最後の姿をメモリーより呼び出し、良い様だと笑う。
あの遺物にメガトロンが頭を垂れる姿を見るが嫌だった。マスターと呼ぶ声に何度怒りを覚えたことか。
しかし傅く背に苛立ちと同時に、ぞくりと快楽中枢が刺激されていた。だからだろうか。あのような姿をもう見なくて済むという安堵と共に、少しの物足りなさを感じるのは。
主すら知らないその情欲を、しかし同じように抱いている者がいた。お互いに気付いたのは同時で、相手を陥れる道具にもならなかった。ただ暗く笑いあい、行き場の無い欲をぶつけ合った。
そんな事を考えていたら、再び接続端子が疼き出した。今度はサウンドウェーブは制御しようとは思わなかった。
主をゆっくりと休ませて差し上げる為だと、こっそりと言い訳をする。誰に?自分自身にだ。
長い時を越えて触れたかったひとがそこに居る。敬愛と欲望が感情のパルスとなり、論理中枢を犯す。伸ばした掌で、その傷付いた頬に触れると堪らなくなった。
頬に触れる掌に、何事かと物憂げな表情でメガトロンはサウンドウェーブを見上げた。さっさと出て行けとその赤い瞳は言っている。
常の鋭さも畏怖も感じないその光に、サウンドウェーブはゆるく笑った。そしてそうっと顔を近づけ、その唇に触れる。
瞬間的にメガトロンは抵抗したが、もう遅かった。気配も無く忍び寄ったサウンドウェーブの接続端子が無数に全身に絡まっている。心身的な疲労とエネルギー不足に何時もの力は出ない。
絡め取った身体から、ふっと力が抜けていくのをサウンドウェーブは感じた。怒りに滾っているであろうと思われた瞳の光は、思いがけず静かだ。名を呼ぶ。自分の声が少し震えているようにも、全くの平坦であるようも思えた。
「メガトロン様」
「何の、つもりだ、サウンドウェーブ」
少し上ずった声。当然だろう。既にサウンドウェーブはあらゆる隙間から端子を進入させ、ある種の信号と送り続けている。
緩やかな快楽のパルスと、副交感神経への直接介入。相反するそれは、しかし絶妙なバランスで持ってメガトロンを安らかな眠りに誘うだろう。
ヒクヒクと小さく震える身体を抱き込み、サウンドウェーブは頬の傷へ唇と落とし、聴覚センサーの傍で囁く。
「貴方にはしばしの休息が必要です。今は何も考えず、お休みください」
接続していない触手状の端子を太ももに這わせ、しゅるりと巻きつかせる。ゆるゆると動かすと、メガトロンの口から小さな意味の無い声が零れた。
「貴様ッ。後で・・・覚えて、おれよ」
途切れ途切れの脅迫も、今は全く恐ろしくない。腰に手を這わせ、その感触を楽しむ。
「いかようにも、メガトロン様」
どの様な処分も甘んじて受けましょう。貴方が下される命ならば、何を厭う事はあろうか。聴覚センサーを舐め上げながら囁くが返事は無かった。
もう限界なのだろう。快楽に返す反応が少なくなってきている。出力の落ちた瞳がチカチカと点滅し、弱弱しい光が僅かにサウンドウェーブを映している。口から漏れる声も酷く小さい。
瞳の光が消える瞬間。サウンドウェーブは彼には珍しい切実な声を出した。メガトロンは聞こえてはいないだろう。だからこそ、言えた。
「貴方に再びお会いできて良かった!」
完全にスリープ状態に入ったメガトロンを、隙間無くその身体覆う触手ごときつく抱き締めた。彼は無防備で、このまま全てを乗っ取ってしまえそうだった。
しかしサウンドウェーブが求めているのはそんなものではなかった。どこかでそれを望んでいるのかもしれないが、それはまだ早い。
強大で凶悪な力の奔流、それに伴う圧倒的なうつくしさ。それは自らの意思で行動するメガトロンのみが持つものだ。これからそれを全ての者が目にする。地球の矮小な有機生命体も、オートボッツも、目を奪われ跪かずにはおれまい。
それを直視して尚も立っていられるのは、唯一人だ。それが自分ではない事をサウンドウェーブは良く知っていた。
眠るメガトロンの額にそっと口付る。そしてサウンドウェーブはくるりと背を向け、その場から離れた。
FIN