この手の震える訳を

ジョルト→サイドスワイプ。恋の芽生え。スワイプが弱ってます。
サイドスワイプにとってジャズは上官であり親友。年齢:ジャズ>スワイプ≧ジョルト>ビー






この想いはきっと初めて持つものだ。ジョルトは自分の中に芽生えた感情を戸惑いながらも理解した。
師であるラチェットへ向かう感情に似ていると始めは思った。憧れと敬意、そしてほんのりとした恋慕の情。それらの気持ちはジョルトの誇りでもあった。その恋慕は激しいものではなく、彼の幸せをただ願うものだったのだ。
しかし、今、ジョルトの中に芽生えたものは違った。友愛を超え渦巻くものは何か。ラチェットに抱くものはただ暖かく甘いものなのに、それは熱く微かに苦く、そして痛みを伴った。こんなものは知らない。しかし知っている。知識としてあったそれを始めて理解した。
これが恋というものなのだと、ジョルトは知った。



自分達が無事に彼らと再会出来た事は実に素晴らしい事だと、ジョルトはその時の事を思った。しかし同時に哀しい事でもあった。
あれほど会いたいと切望していたのに、それがもう二度と叶わないのだと知る事はどれほどのスパークの痛みを伴うのだろうか。辿り着いたが故の無常な事実。再会しなければ知る事は無かったのだろうか。永遠に探し続けるのだろうか。
どちらが良かったのか、ジョルトには分からない。ただ分かるのはどちらも辛い事だという事だった。もし、自分がその立場だったなら。ラチェットがもう生きていないと知らされたのならば。いっそ知らない方が良かったと思ってしまうかもしれない。

年が近いジョルトとサイドスワイプは良く航海中にお互いの師の話をしていた。そして師匠ではないが、年がそう離れていないのに将校となり総司令官の副官となったジャズの事も良く話していた。
ジョルトはラチェットの一番弟子として一緒に良く行動していたので、仕事中の彼の事は良く知っていた。プライベートはあまり知らなかったが、サイドスワイプは相当親しかったようで、彼の話を聞いているとジョルトまで彼に早く会いたいと思うようになっていた。再会した時には是非、仕事を離れた立場で友人となれたら良いのに、と。
彼は他にクロミアとアイアンハイドに付いても熱く語り合っていたが、どちらにしろ、普段の気障ったらしい態度は息を潜めてどこか浮かれた熱っぽい様は、航海中の船内のちょっとした癒しになっていた事を本人は知らない。ツインズまで温かい眼差しを送っていた事を知れば、彼は落ち込むだろうか、それとも怒り出すだろうか。

それほど想っていた人のひとりだ。師匠と親友。秤にかけることは出来ない。二人のうち、一人だ、という話でもない。
ジャズの訃報を知った時、彼の落ち込みようは酷かった。泣くでもなく喚くでもなく、一瞬凍りつき、そして何を言っているのか分からないという顔になった。
ジョルトは仕事柄、親しい者や愛する者を喪った者達を多く見ている。どれも思い出すだけで辛いものだ。そうして彼が出した結論は、泣いたり喚いたりして表に出せるのはまだマシなのだという事だった。大切な者を喪った痛みは誰でも同じで比較するわけではないが、後々まで尾を引くのは感情を表に出せなかった者の方が多い。
だからこそ、良く分からないという顔をしたサイドスワイプのショックをジョルトは理解した。もうジャズがいないという事は理解しているようだったが、感情回路が上手く働いていないのだろう。処理しきれないほどの情報なのか、それとも処理を拒んでいるのか。
静かに一人になりたいと呟き、歩き出す背に声をかける者はいなかった。苦しい沈黙が落ちる。誰もが辛いのだ。
ジョルトはふとアイアンハイドを見た。サイドスワイプの自慢の師匠は静かにそこに佇んでいる。遠ざかる銀色の背をじっと見ている。その肩をラチェットが叩き、首をゆるく振った。何も言うな、そう伝えているようだった。
そしてラチェットがジョルトに声をかけた。優しい声だった。固まった空気が少しほぐれた気がした。
「ジョルト」
「はい」
「お前が行ってあげなさい」
「しかし・・・」

師は傍に居てやれと言うが、ジョルトはそれが最善であるとは思えなかった。一人にした方が良いのではないか、そう思うのだ。
言いよどんだジョルトにラチェットは優しく諭すように語った。
「大丈夫だ。確かに一人にした方が良いのかもしれない。しかし、ジョルト。今はお前がいる。行ってあげなさい」
「私が、ですか」
自分よりもアイアンハイドの方が良いのではないのか。ジョルトは言葉に出さなかったが、彼の方を見てその気持ちを伝えた。
ラチェットはゆるく首を振った。アイアンハイドの肩に置いた手はそのままそこにあった。
「私達では駄目だよ。サイドスワイプが今、必要としているのは友の声だ」
「友、ですか」
「まあ、本当は恋人が良いのだろうけどな」
「なに!あいつにそんなものがいるのか?」
「例えだ、例え。いてもおかしくないだろう。何をそんなに驚く事があるんだ、お前は」
肩を竦め告げられた言葉に、アイアンハイドが驚いたように声を上げる。そのやり取りにあちこちで笑いが漏れた。ようやく周囲の空気が柔らかさを取り戻したようだ。
サイドスワイプの恋人。その言葉をジョルトはどこかぼんやりと聞いた。聞いたことはない。が、確かにいてもおかしくはない。彼の、恋人。
「ジョルト」
「は、はい」
ラチェットに声をかけられ、背筋を伸ばす。疚しい事などないのに、酷く焦った。
「恐れることはない。お前が彼にしてあげたいと思う事をすれば良い」
優しいが厳しいアイセンサーの光がジョルトを見据えた。医者として何を戸惑っている。その光は感情面でのケアも仕事だと、そして同時に仕事とは別に友として行ってやれと告げていた。
ジョルトは力強く頷いた。そしてサイドスワイプの後を追うべく、皆に背を向けた。
「先生。ありがとうございます」
振り向き、そう告げるとラチェットが頑張って来い、と頷き、アイアンハイドが頼むと小さな声で言ったのが聞こえた。
ハイ、と頷き、今度こそジョルトは駆け出して行った。

あの子も思ったより不器用だったようだ。ラチェットは小さく呟き、それを聞いたアイアンハイドに何がだと問われ、肩を竦めてはぐらかせた。



サイドスワイプは直ぐに見付かった。なんという事は無い。オートボットに与えられた格納庫の一室にいたのだ。プライベートな使用の為なのか、そこはそれほど広くはなかった。自分達のサイズなら三、四人は入って余裕だろうが、ラチェットやアイアンハイドクラスは二人で精一杯だろう。彼はそこの隅に居た。
ジョルトは部屋に入って声をかけるかどうか迷った。進入は勿論察しているだろう。が、彼は何も言わず行わず、壁に凭れだらりと座り込んでいた。俯いた顔は、こちらからその表情を伺えない。

なんとなく拒絶されているように、ジョルトは感じた。だけれども、実際の彼の姿を見て引く気にはなれなかった。一人にしてはいけない。同時になんとかしてあげたいと強く思った。自分が、この状態の彼の為に何かしてあげたい。他ならぬ、自分が、慰めてやりたい。
そこまで思い、ジョルトは何かおかしいと感じた。だが気のせいだと無視をする。一呼吸置いて、近付く。目の前にまで寄って、彼の前にしゃがんだ。
「サイドスワイプ」
思い切って声をかける。返事はない。
ジョルトは自分の手を握った。開く。何度かその動作を繰り返した。伸ばしたい。伸ばせない。俯いた頬に触れたくて、でも何故か何かを恐れる気持ちがそれを止めた。
「サイド、スワイプ」
再び、声をかける。今度は反応があった。のろのろと顔を上げる。その顔はジョルトが始めて見るものだった。何時だって自信に溢れ、シニカルで気障ったらしくて余裕を崩さないサイドスワイプが初めて見せた表情。スパークが何故かジクジクを痛んだ。
駄目だ。ジョルトは手が伸びるのを抑えられなかった。そっと彼の頬に触れる。

「ジョルト」
ジョルトのその行動をサイドスワイプがどう取ったのかは分からない。だか彼はそっと呼気を吐き、手の主の名を呼んだ。
「うん」
呼ばれ頷き、もう片方の手も伸ばす。包み込むようにサイドスワイプの頬に両手を添えた。
「ジャズが」
「うん」
「まさか、あいつが・・・」
サイドスワイプはぽつりぽつりと喋り出した。
ジャズが死ぬなんてありえない。なんであいつが。どうして。
それらは誰に対する糾弾の言葉でもなかった。サイドスワイプは誰も責めていない。ただ、どうしてと繰り返した。
「絶対、また会おうぜ、ってあいつ言ったんだぜ。会ってまた・・・」
どうして。答えの返ってこない問いが震える。ジョルトは黙って自分の中の衝動を押さえ、そっと彼の頭を抱いた。背を慰めるように優しくさする。

本当は震えるその唇を覆ってしまいたかったなんて、誰にも言えやしない。





FIN