それぞれの恋愛事情

ジョルト→サイドスワイプ/サンストリーカー、サイドウェイズ→バリケード/スタースクリーム。コメディ。便宜上、/表記していますが受攻は無しです。





ディエゴ・ガルシア島は今日も良い天気だ。
サイドスワイプはご機嫌な気分で、地面に滑らかな曲線を描きながら疾走していた。彼にとってはそれほど広いと思えない場所だが、かつて閉じ込められていた宇宙船の中よりは広い。それに滑り回っていても、宇宙船の中よりは怒られる回数は減った。
地球とセイバートロン、どちらが良いと言われれば当然セイバートロンと答えるが、見慣れない自然現象に囲まれた地球も中々悪くは無い。特に、良く晴れた日は好きだと言える。
サイドスワイプは器用に障害物や人を避けながら、ぼんやりと一人のトランスフォーマーを思い出した。彼にも見せてやりたいものだ。そして二人で一緒にこの星の自然の中を思う存分走り回りたい。
彼は元気にしているだろうか。いや。それよりも生きているだろうか。切実な問題だ。早く通信を安定させて欲しいものだ。情報参謀などと言われているくせに、あの衛星野郎は何をもたもたしているのか。
そうサイドスワイプが考え、思わず小さくではあるが口に出した時、上空遥か遠くで何かがキラリと光った。
「・・・まさか、聞こえている、なんて事は無いよな?」
誰ともなく、疑問を投げかける。馬鹿馬鹿しいと一笑してしまうには、どこか薄ら寒いものがあった。
「や、マジ、期待してるんで」
頑張ってくれ、サウンドウェーブ様。サイドスワイプはここで臍を曲げられては面倒なので、機嫌を取っておくことにした。こんな事で臍を曲げたり、機嫌を取り戻すような相手では無いのは分かっている。スタースクリームではあるまいし。
案の定、通信が入った。やっぱり聞いてやがったな、この変態野郎。サイドスワイプは今度は口に出す愚行は犯さなかった。
『馬鹿ばかりだな』
「ほっとけ」
口には出さなかったが、態度にははっきりと出た。上空に向かって突き立てた中指が、太陽の光を浴びてキラリと光る。
「どうかしたのか?」
近くを通りかかった人間に声を掛けられ、サイドスワイプは笑って何でも無いと答えた。人間は納得したのか、そうでないのか、ふむ、と頷いて背を向け歩き出した。
その背を見つめ、サイドスワイプはあれは確かどっかのお偉いさんじゃなかったか、とメモリを呼び出し思った。こんなところでうろうろしていて良いのだろうかと思うも、俺には関係無いことだと、小さく肩を竦め再び走り出す。

しばらくは何の問題も無く走っていたサイドスワイプだが、前方に不審な影を見つけたので、スピードを落とし立てる音も最小限に落とした。いわゆる、忍び足と言う奴だ。どうやら影はこちらには気付いていないようだ。影の視線の先に、更に三つの影を見つけ、サイドスワイプは更に慎重になる。しかし顔はにやけているのでどこか滑稽だった。
細心の注意を払い――もしかしたら交戦中に偵察に出ているよりも、隠密性が研ぎ澄まされていたかもしれない――影の背後に付く。意識のほとんどが前方に行っているのか、影、サイドウェイズがサイドスワイプの接近に気付いた様子は無い。
ディセプティコンの諜報員が聞いて呆れる。しかしそれだけ平和だという事なのかもしれない。サイドスワイプは声に出さずに笑った。
どうやら前方の三人もこちらに気付いていないようなので、そこは面目躍如と言ったところだろうか。壁に隠れ、向こうからは完全な死角となっているようだ。

さてどうしようか。サイドスワイプは少し考え、唐突に声を掛ける事にした。どんな反応を見せてくれるだろうか。楽しみだと笑う。
「おい、サイドウェイズ」
肩に腕を回し、圧し掛かる。相手が飛び上がらん勢いで驚いたのが、良く分かった。機体越しに伝わるスパークの鼓動が異様に速い。そこまで驚愕していながら、声を上げないのは流石と言ったところか。
「サ、ササササ、ササイドスワイプゥ!」
語尾が不自然に上がって、自分の名前が酷く間抜けに聞こえる。叫んでいるが、音量は非常に小さい。器用なものだと、妙な感心をした。
「何見てるんだよ」
傍から見れば苛めっ子と苛められっ子にしか見えない構図だが、それを指摘するものは生憎いない。
視線の先に居る三人を見、サイドスワイプはにやにやと笑った。
「お、お前には関係無いだろ!」
「ふーん」
しっかりと逃げられないようにホールドされ、サイドウェイズは半ば泣きそうになった。唯でさえ、サイドスワイプは苦手だ。忘れる事は出来ない。散々追い掛け回され、挙句真っ二つにされてしまった事を。もはやトラウマだ。他の連中は自分を殺した相手にも普通に接しているが、自分にはとてもでは無いが無理だ。オートボットのジャズなど、先日メガトロン様にちょっかいをかけ再び深海に送られそうになったが、今日もまた懲りずにちょっかいをかけているのを見た。とてもではないがあんな風にはなれない、とサイドウェイズは、その光景を見、思ったものだ。
サイドスワイプを見ると反射的に強張ってしまう。今も逃げたいのに足が竦んでしまって、例えホールドされていなくても逃げられないだろう。情けなさと恐怖で、本当に泣いてしまいたい気分だった。

「で、誰?」
しばらくじっと三人を見ていたらしいサイドスワイプが、口を開いた。要領を得ない問いだが、サイドウェイズはこういうのは慣れている。意図するところは分かったが、答えたくない質問だ。
「何の、事だ」
だからサイドウェイズはあえてとぼける事にした。声が上ずるのは、嘘を付いているからではなく、単純に怖いからだ。
「あいつら仲良いよな。バリケードなんて意外過ぎだと思わねぇ?あれで面倒見が良いなんて、詐欺だよな」
もう勘弁して欲しい。絶対に全部分かった上で、こいつは言っている。サイドウェイズはとうとうぽろりと冷却水を零してしまった。幸い一滴で済み、気付かれていなかったようで安堵する。知られたら更に性質悪く絡まれるに決まっている。
「なあ、サイドウェイズ」
にやけた顔が忌々しい。自分にこいつをぶっ殺せるくらいの力があれば、と何度思った事か。残念ながら現実は、抵抗したところであっさり返り討ちに合うというものだ。
こいつは本当にオートボットなのだろうか。言う事と言いやる事と言い、ディセップティコンだろう。人を真っ二つにして気持ちが良いぜ、なんて正義の味方のセリフじゃない。
「当ててやろうか」
サイドウェイズが答えずにいても、サイドスワイプにとって問題ではなかったようだ。こちらの事などお構い無しに話を進めていく。
「ビーか?いや、違うな。となると、ジャズかバリケードか」
さてどっちだろう?
なんで自分はサイドスワイプの接近に気付かなかったのだろう。サイドウェイズは数分前の自分を呪い殺したくなった。原因は分かりきっているだけに、余計に恨めしい。彼に気付かれるか、自分がサイドスワイプに気付くか。どちらかしかなかったのだから。
「バリケード、だな」
サイドスワイプに絡まれるのと、彼に見ていた事を気付かれる事、どちらがマシかと言えば前者だ。今の状況は決して良いものではない――むしろ悪い――が最悪ではない。サイドウェイズは諦めにも似た心境で、がっくりと肩を落とし息を吐いた。
「悪いか」
精一杯の虚勢を張る。とやかく言われる筋合いは無いはずだ。どうせ見ているだけが関の山なのだ。
「いや?悪くないんじゃないか」
馬鹿にされると思っていたサイドウェイズだが、返ってきた言葉に思わず、えっ、と声を上げてしまった。まさか、肯定されるとは思っていなかったのだ。
「お前ら同型だろ?そういうの分かるし」
まじまじと自分の顔を見つめるサイドウェイズに、サイドスワイプは笑う。
「俺も同型の奴、好きだぜ」
サンストリーカーってんだけどな、同型同時期に産まれたいわゆる双子って奴。スパークは元々から分かれてたから、正確にはツインズみたいな双子って訳じゃないんだけど、まあ、双子。
サイドスワイプは聞かれてもいないのに、ぺらぺらと喋り出した。溜まっていたのか、止まるところを知らない勢いだ。サイドウェイズは呆然としながらも、とりあえずはちゃんと聞いていた。なるほど、自分の想いと似たところがある。

サイドスワイプの話が一息付いたところで、サイドウェイズが口を開いた。
「俺達は同型ってだけで、同期じゃない」
能力も全く違う。恐らく同じなのは、姿形の雛形となる部分だけだ。
「でも同じだろ?」
そっくりじゃねぇか。形だけでも。
「やっぱり見た目ってのは大切だと思うぜ。あいつが俺と同じ姿じゃなかったら、惚れていたか分かんねぇし」
俺、自分の姿形が一番格好良いと思うし。惚れ惚れするよな、この色、艶、ライン。

どうもおかしな方向へ脱線している気がする。サイドウェイズは溜め息を吐いた。そして随分と気分が軽くなった事に気付いた。彼に対する恐怖が薄れているのを感じる。親近感すらあった。
「それは自分が好きなだけじゃないか」
だからだろうか。思わず笑いを含んだ声が出た。
「ああ、そうだぜ」
あっさり肯定され、更にサイドウェイズは笑った。
「それじゃあ、ナルシストだ。うちの航空参謀と同じだな」
「スタースクリームと同じってのは気に食わないが、ナルシストで何が悪いんだよ。お前もだろうが」
「・・・」
「はっきりと言ってやろう。お前はバリケードの姿形に惚れたんだ。自分と同じだからな。だってそうだろう。あんな性格最低最悪、性悪な欺瞞の民もびっくりな嘘吐きドS野郎の、外見以外のどこに惚れる場所があるって言うんだ?」
言い得て妙だ。否定するものが見付からない。納得するしかない。サイドウェイズは思わずなるほどと頷いた。
そして改めて思う。とんでもない相手に惚れてしまったものだと。
「厄介な相手に惚れたもんだな」
心配しているような口調でも、顔がにやにやと笑っている。
「そうだな」
ナルシストと呼ばれるのは気に食わないが、サイドウェイズは言われた事は本当なので、とりあえず肯定しておいた。本当は彼自身の性質の悪さに加え、更に厄介な事があるのだが、これ以上、引っ掻き回されるのは嫌なので黙っておく。サイドスワイプならどうせ直ぐに気付くだろうから、無駄な足掻きにしかならないが。

「とりあえず、サイドスワイプ」
何があってもこれだけは言っておかないといけない。サイドウェイズにはサイドスワイプに絡まれるより恐ろしい事がある。
「頼むから、バリケードには言わないでくれ」
ばれたらどうなるか。その悲惨な未来は想像に難くない。正直、サイドウェイズには彼とどうにかなろうという気持ちは無い。むしろ、そんな関係になったらヤバイ事になるのは分かっているので、なりたくない。見ているだけで良い。それが正真正銘、正直なところサイドウェイズの本音だ。
よっぽど鬼気迫っていたのか、流石のサイドスワイプもその迫力に少したじろいだ。弱くて情けない格好の玩具だと思っていたが、どうやらやはりディセプティコン兵士。骨はあったようだ。
そしてサイドスワイプも流石にあのバリケード相手では可哀相に思ったのか、秘密は守ることを約束してやった。
「ああ。分かった。誰にも言わないでいてやるよ」
その瞬間、太陽が反射しているのか、無駄にサイドウェイズのシルバーのボディが輝いた。今まではサイドスワイプのホールドを鬱陶しく思っていただろうに、ころっと掌を返したように自分の腕を回してきた。まるで二人して抱き合っているようで、サイドスワイプはここに来てホールドを解いた。が、今は逆にサイドウェイズが離れず、抱き合いは回避されたが、どうみても縋りつかれているようにしか見えない形になってしまった。サイドスワイプは突き飛ばそうとしたが、聴覚センサーで発せられた言葉を聞いて、それは止めておいてやろうと思った。
「お前、良い奴だったんだな」
自業自得とは言え、どんな奴だと思われていたのだろう。碌な事ではないだろうと思うが、今度落ち着いた時に聞いてみるか。サイドスワイプはこちらに気付いたらしい三人に手を振りながら考えた。
あれは絶対に誤解している。サイドスワイプは自分に抱きついているサイドウェイズに言うか言うまいか迷った。そしてまあ良いか、と放っておくことにした。恋愛事はややこしければややこしいほど面白い。傍で見ている分には。
すでに巻き込まれているのだが、すっかり傍観者を決め込んでいるサイドスワイプにそれを教えてやれる者はいなかった。そして、当然、引っ掻き回す者は大量に存在するのだった。

「なあ、あいつらって出来てたの?」
「さあな」
「おいらサイドウェイズってサイドスワイプの事怖がってるって思ってたけど、違ったんだね」
抱き合っているように見えるサイドスワイプとサイドウェイズの元へ向かう三人組がかわしていた会話はおおむねこういうものだった。
ジャズとバリケードの顔はそれはもう楽しげに輝き、バンブルビーは一見仲良くなって良かったという無邪気な表情の裏に、なにやら二人に似た笑顔が見え隠れしている。
更に、三人からはサイドウェイズとサイドスワイプの後方に影が三つあるのが見えていた。それが誰であるかも分かっている。その表情も。
「なあ、バリケード。あの二人が付き合っているとしたら、あの子はどう出ると思う?」
「ふん。あいつは中々骨がありそうだからな。サイドウェイズごときじゃあ、太刀打ち出来んだろう。奪おうと思えば出来るんじゃないか」
「意外とサイドスワイプが惚れてたりして」
「お、ビー。中々良い感じじゃないか。でもあいつ、片割れにご執心だったはずだぜ」
「なんだ。じゃあ、ますますあのヘタレに勝ち目は無いじゃないな」
「良いなぁ、サイドスワイプ。モテモテだね」
渦中の二人が聞いたら卒倒してしまいそうな事を無責任に楽しげに話しているのを聞いた軍人のひとりは、そっと目を伏せ心の中で十字を切った。
サイドウェイズとサイドスワイプに幸あれ。祈らずにおれなかった。

「おーい、ジョルトー」
「やめとけよ、マッドフラップ。こういうのを知ってるか。触らぬ神に祟りなしってんだぜ」
バリケード達三人とサイドスワイプ達を挟んで向かうような位置に、ジョルトとツインズが居た。建物の壁に隠れサイドスワイプ達には見えないが、バリケード達からは良く見えた。
ジョルトがふるふると震えているのを、ツインズが楽しげに見ている。先ほどまでは囃し立てるように姦しさだったが、今は落ち着いている。というより、ジョルトの迫力に少し押されてしまったと言えるだろう。それでも軽口を止めないのがツインズだ。
バチバチとジョルトの両手が不穏が音を立てる。普段滅多に見れないくらいに激しい音と光だ。サイドウェイズがサイドスワイプに抱きついた(ように見えた)時、それは最高潮に達した。今はそれよりも落ち着いているが、その時は流石のツインズも思わず抱き合ってしまったほどだった。
「あ、ビーが呼んでるぜ」
行こうぜ、スキッズ。マッドフラップが走り出した。
「おい、ジョルトどうするんだよ!」
「だから放っておけって!どうせすぐ来るって」
続いてスキッズも走り出す。
「じゃあ、俺ら先行ってるぜ」
「ああ」
にっこりと笑い返され、スキッズは走るスピードを速めた。
「こえぇぇぇぇ!」
「だから余計な事するなって言っただろう!」
ツインズは先を競うようにそのずんぐりむっくりした身体で精一杯のスピードを出した。後ろを振り返る。
「スキッズ!見るな、この馬鹿!」
「いやーーー、追って来るーーー!」
すっかり気分はホラー映画の出演者だった。にこやかに微笑みながらバチバチと両手を光らせ歩いてくるのは、ゾンビでもドラキュラでもなく友人なのだけれど。
「一度真っ二つになったんだから、もう一度いけるよね」
いや、無理だから。逃げて、サイドウェイズ。ツインズは辿り着いた場所で、それはもう楽しそうに顔をキラキラと輝かせて、声を揃えて言った。

「「逃げろ、サイドウェイズ!真っ二つにされちゃうぞ!」」





FIN