天を雲がゆたうように act.1








フォースというものは、どこにでもどのようにも存在している。それらは人々の思惑もあらゆる感情の波もすり抜けてゆく。それでいてそれらは何かを残す。それらはただ在るだけだ。在ろうとするだけだ。優しくもなければ厳しくもない。暖かくもなければ冷たくもない。光でもなれば闇でもない。善も悪もない。それらはただあるべき姿であろうとするだけだ。慈悲もなければ悪意もない。それらにそういったものは意味がない。

凪いだ水面に落ちた一滴、一匹の蝶の羽ばたき、女達の他愛ない噂話、抜けた小さな螺子。選んだ服、脱げた靴、鳴らなかった目覚まし、転がった石、呼び止める声、振り向く人、気付かない人、飲んでいたジュースを零した子供、転がった果実。ありとあらゆる些細で他愛ないこと、それこそが流れの根源。運命と呼ばれるべき奇跡はそこかしこで起こっている。
運命は避けられぬものか。そうではない。運命とは選択である。己の行動の末に生まれるもの。避けられぬ運命などはない。必ず、そうではない道があるのだ。だた、振り返るべき選択の時があまりにも遠いだけだ。あまりにも些細で他愛ないことが転機であるだけのことだ。全てのものの運命が交錯して連鎖しているだけである。





クワイ=ガン・ジンは瞑想を終え、世界中に散らばっていた意識の片鱗を集めた。世界からクワイ=ガン・ジンという自我に還り、その自我が形を成す。
たとえフォースと同化し世界に溶け込んだとしても、それに問いかけたところでそれはなにも答えはしない。そこにはゆくあてのない問いと、否定も同意もない答えが存在するばかりである。
クワイ=ガン・ジンの瞑想はそういうものだ。無我と自我を行き来し、ありとあらゆるものを視、それらの傍観者となる。
視るものは、識るものである。そして識るものは、語る術を持たない。伝える術を奪われたものだ。
クワイ=ガン・ジンはそれを知ってなお、識ることを求めた。届かぬ手の虚しさ悲しさを知りながら、そこに行くことを選んだのである。
後悔など山とある。全てのことは悔いの後にこそ顕れた。後悔はすれど、彼は否定はしない。否むことの後には何も残りはしないのだ。
それにクワイ=ガン・ジンには同士がいた。彼と立場を同じくするものと、世界そのものであるものである。

「マスター・ジン」
「マスターは止してくれと言っただろう?」

声はすれど、その姿はそこにはない。しかしクワイ=ガンには判っていた。そこに彼が居るのだと。少しずつ彼である自我が集まり、姿を成す。

「良いじゃないですか。僕は貴方をそう呼びたいんだ。なにせ貴方は”マスター”なのだから」

遠い遠い昔、今は彼ら以外に識るものはいないが、ジェダイマスターとはジェダイであり、シスであった。フォースそのもの全てを理解したものがそう呼ばれていたのだ。しかしいつしかライトサイドとダークサイドが相反するもの、並び立たぬものとなり、ジェダイとシスは対立するようになっていった。
楽しげに目尻を垂れさせたアナキン・スカイウォーカーに、クワイ=ガン・ジンはやれやれと肩をすくめた。

「それはちょっと買い被りすぎだな」

二人は顔を見合わせて笑った。



「さて。どうしたんだ?」

還る時に連れてきたか、付いてきたか。アナキンは常に世界と共にある。クワイ=ガンは瞑想という手段をもって世界に溶け込むが、彼はそうではない。世界そのものが彼なのだ。
瞑想を終える時、集めた自我の中に彼が混じっていることがある。それらはクワイ=ガン・ジンとしての個が形成される際にどこへとなく流れていくが、時折アナキン・スカイウォーカーとしての個をそこに形成させることがある。今のように。

互いの存在の意味は違うが視るものが同じである二人は、だからこそ互いに語る術を持つ。 クワイ=ガン・ジンは傍観者であるが故に、アナキン・スカイウォーカーは世界そのものであるが故に。
術を持つのなら、それを成したくなるのが人の性質である。たとえ今そうでなくとも、かつてそうであった名残りが二人にもあった。

クワイ=ガンに問われ、アナキンがはにかんだ。少しの戸惑いがあったが、嬉しさを隠しきれないその様子にクワイ=ガンは良いことがあったのだろうことを察した。

「…レイアが。娘が……」

レイア。レイア・オーガナ。確か、兄であるルークとは違い、父であるアナキンを否定していたはすの娘だ。それは無理からぬことで当然のことであった。
その時のことを語った時、アナキンはそれで良い、と言い、クワイ=ガンはそうか、とだけ答えたのだった。
そのような父と娘のことである。クワイ=ガンもひっそりとだが気にかけていた。何度か頷き、続きを促す。

「…そう、レイアが。あの子が僕に触れてくれました。抱き締めてくれた」

娘に抱かれる父親っていうのもどうなんですかね、でも僕は嬉しかったんです、とおどけたように語る瞳はとても柔らかく澄んでいた。

「僕は何も言えなかった。あの子も何も言わなかった。夢だと思いました。だけど僕を包んでくれる柔らかな体も、甘やかな香りも、暖かい腕も、本物だった。僕は呆然と、あの子の鼓動を聞いていました。とても早くて落ち着かなくて、だからこそとても愛しかった。そしてとても哀しかった。僕を許そうとしているあの子がとても哀しかった。どうして、どうして、あの子は、あの子達は…」

遠くを見るような瞳がゆらゆらとゆらめき、水を得た青が不可思議に煌く。
クワイ=ガンはそっと左手を震える肩に置き、右手で砂色の髪を撫でた。

「良い子達じゃないか。とても。アナキン。嬉しいのなら嬉しいで良いじゃないか。素直に喜べば良い。それがきっとどんな懺悔の言葉よりもあの子達に届く」

嬉しいのに素直に喜べないアナキンをクワイ=ガンはとても愛しく感じた。彼は許しを求めてはいない。アナキンもまた後悔はしているが、自分の行ったことを否定せずに受け入れている。そこに到る選択は自分が成したものだと、そう彼は言った。
ただのアナキン・スカイウォーカーとして生きる選択肢は確かに用意されていたのだと。

クワイ=ガンはそっとアナキンを抱き締めてやった。それはまるでレイアともルークともオビ=ワンともシミともパドメのそれとも心地が違っていた。
それはそう。フォースに抱かれている時に感じるものだ。それはアナキンにとって正に父に抱き締められていることであった。

肩に感じるはずのない濡れる感触を確かにクワイ=ガンは感じた。










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