スウィートムービー
※公式スピンオフ小説未読状態でのレイアとハンの結婚式の話です。
彼女は本当に美しくて、それが嬉しくて、だけれども少しだけ胸がちくりと痛んだ。だって仕方がないじゃないか、彼女は初恋のひとだったのだから、とルーク・スカイウォーカーは言い訳をした。
一体誰に。判っている、自分自身にだ。
告白もせずに消えてしまった幼い恋心は、今はただ彼女への愛しさへと姿を変えてこの身に宿っている。本物の恋じゃなかったかもしれないけれど、と本物の恋を知ってしまった今は思う。だけど彼女が初恋だということは変えたくない。変えられやしない。ルークの初恋の相手は彼女しかいやしない。
「レイア、綺麗だよ」
ルークはにっこりと笑ってそう言った。レイアは、彼の双子の妹は珍しく頬を薄く赤らめて、ちらりと隣に立つ男に視線をやり、そうしてありがとうと笑った。
ああ、初めて見る顔だ。そんな顔は初めて見るよ、レイア。だけど、どこか見覚えがあって、ああ、そうか。あの人だと思い当たり、ルークは嬉しくなった。好きだと伝える度に、くすぐったそうに嬉しそうに頬を染めるあの人にそっくりだ。
きっと、自分はああいう風に笑えないだろう。
それは嬉しくて、少し寂しくもあった。
「レイア」
「なにかしら?」
「幸せ?」
「・・・ええ。幸せよ。だからね、ルーク」
「なに?」
「そこに隠れているあのひとを引っ張り出してちょうだい?」
白いレースに包まれた細い指が半開きになっている扉を指す。その動きはとてもうつくしく優雅だと、ルークは思った。その指先には一片の迷いも無かった。
レイアの隣に立つハン・ソロと目が合う。彼は肩をすくめ、そうして笑っていた。その笑みは一体どういう意味を持つのだろうか。とりあえず、今日の衣装は彼に似合っていない。それでもレイアの隣に立つとおかしく見えないのだから不思議なものだ。
とりあえず。
父さん、彼女には勝てないよ。僕たちは皆負けっぱなしだ。
笑ってルークは自分とレイアの父親を呼んだ。
「父さん。ばれてるよ」
卑怯で臆病な彼らの父親は、おずおずと姿を現して、そうしてすぐに消えてしまった。
消える寸前のくしゃりと歪んだ顔は、そこに居た三人の目にしっかりと焼きついていた。
*****
「私が探しに行きます」
奇妙な沈黙が流れるその部屋で、動き出したのはレイアだった。
ほう、と溜息を付いて純白のドレスを翻し、あっという間に扉を開けて出て行ってしまった。残された男二人はどうすることも出来ずに、ただそのひらひらとレースのはためく様子を見ているしか出来なかった。
だって白い背中が言っていたのだ。追ってこないで、と。
「・・・似合わないね、その格好」
「うるせぇ、放っておけ。お前さんも人の事言えないだろうが」
「大丈夫かな?」
「さあな」
お互いに軽口を叩きながらルークとハンは部屋にあった椅子に腰をかけた。二人ともどこかそわそわとして落ち着かない様子なのは気のせいではないだろう。
ルークは一人じゃなくて良かった、と思った。一人だと絶対に追いかけていた。
普通なら。常ならば、逃げた父を追いかけるのは自分だった。追いかけて探して見つけて宥めて慰めて。レイアは一度だって追いかけることはなかった。父は娘から逃げ、娘は父を突き放していた。それが自分たちの常だった。
レイアはずっと許さない、認めないと言っていたのだ。彼女の負の感情はほぼ全て彼に向かっていた。
彼女はどうして追いかけたのだろうか。こんな日に。こんな時に。あんな姿で。そうして何も言わずにあんな顔をして消えてしまった彼。
どちらもらしくなくて、ルークには判らなかった。彼に判るのはただひとつだけだ。彼女は彼を探し出し、彼は彼女の前にその姿を現すだろうということだけが、今のルークに判ることだった。
*****
ハン・ソロは俯き何かを考え込んでしまったようなルークを見、そしていやな空気だ、と率直に思った。
全く人様のハレの舞台、めでたいはずの門出だというのに、どこまでもややこしいことを引き起こす連中だ。盛大に溜息のひとつやふたつ、ついてやっても罰は当たるまい。だけどハンは知っていた。そういうことをすると自分が悪くないというのに、確実に自分が悪いように見られるのだということを。彼の愛すべき双子とその父親は被害者面が最高に上手かった。
どうしてここまで、とハンとて思うのだ。愛しいと思う反面、憎らしいと疎ましいと感じることが多々ある。だが結局許してしまう。とことん甘い自分を自覚し、そんな自分を嘲笑い、そして幸せを感じてしまう。もう笑うしかないだろう。
きっと彼らは知らない。こんなことを自分が思っていることを。教えるつもりなどはない。だが少しばかり知って欲しいと思う。だからこの時、自分は言ったのだろう、とハンは後々思った。
「心配か?」
ハンの言葉にすぐに応えはなかった。少し沈黙が続き、小さく、うん、とルークが呟いた。そしてまた沈黙が続く。
「心配、しないわけないじゃないか。父さんとレイアだよ。折角の結婚式だっていうのにどうして・・・」
「お得意のフォースで判らないのか?」
ハンは知っていたがあえて聞いた。ルークはそんなことにフォースを使わない。そんな愚かしい男ではない。
案の定、むっとした顔をするルークにハンは声に出さずにかわいいねぇと呟く。幾つになっても、どれだけ英雄視されようとも、きっとそういう部分は変わらないだろうと思う。それがひどく好ましい。
「心配すんな」
ハンが笑ってそう言う。それが柔らかなものだったのでルークは毒気を抜かれたような気がした。
どうして、そう言い切れるのだろうか。彼も、レイアと自分たちの父との確執は知っているし、彼自身深く関わっているのに。
そうしてその彼の余裕のある態度に少しむかつきを覚えた。いつだってハンはそうだった。子供扱いをする。一番の問題はそれが腹立たしいのだけどどこか安心してしまう自分がいるということだろう。全くもっておもしろくないことだった。
「なんでそう言いきれるの」
拗ねた子供みたいだ。ルークは自分で言いながら思った。
「今日この日がその理由だよ、お義兄様」
「・・・訳判んないよ、義弟さん」
自分をお義兄様、と言うハンはとてもじゃないけれど義弟になんて見えない。
言われたことの意味はなんとなく理解した。今日この日があるということ。それはレイアの意識が変わったということだろう。彼女は自身の結婚を否定していた。恐れていたと言っても良いほどかたくなに。そしてその原因は、自分たちの両親にあるのだろう。特に父、そのひとに。
そこまで判っていながら、ルークは判らないふりをした。ハンにはバレているだろうが、彼は教えてくれるだろう。
「あいつがな、一番許せなかったのは親父さんじゃなくて自分だったんだよ。親父さんに全部ぶつけなきゃあやってけないくらいにな、あいつは自分のことを責めていたんだよ」
*****
ハンが教えてくれた事実にルークは涙した。誰に向けてなのかは判らなかった。
*****
「ハン。あの時、私の取った行動は一つの星を預かる者として、統治者として、間違っていたのかしら・・・」
「レイア」
ハンが隣に立ってもレイアはずっと外を見ていた。人工的な光に満たされた眠れない都市が眼下に広がっている。ただ、空だけは黒い。果たして夜を迎えて、空が闇に染まらない場所はあるのだろうか。人工物に覆われたコルサントですら、それは例外ではない。
「お願いです。はっきり言ってください」
「・・・守りたかったのなら、お前は間違っていたよ。解放軍なんざ放り出してとっとと秘密明け渡してしまうべきだったな。いや。そもそも解放軍なんて組するべきじゃなかった」
ハンは自分の出した声が酷く遠く、そして冷たく感じた。
慰めの言葉ひとつも言わず、酷であろうことを彼女の伝える自分は酷い男だろうか。だが彼女が告げたことは、ハン自身ずっと思っていたことだった。彼女と酷く喧嘩をした時、何度ぎりぎりで喉の奥に飲み込んだだろうか。
「そう」
「帝国を甘く見過ぎてたんだろう」
「そう。そうね」
「レイア」
「・・・ありがとう、ハン。私は知っていたわ。気付いていたわ。だけど認めたくなかった。だから全部あのひとに押し付けた。嫌な女だわ」
「ったく。ほんとに嫌な女だよ、お前は。なんてこと言わせんだよ」
こんなこと、恋人に言いたくなどなかった。
「ハン」
「あん?」
「・・・こんな女ですよ、私は。それでも良いのですか」
「ふん。今更だな。そんな女に惚れちまってるんだよ、俺は」
抱きしめた身体は震えていた。どうしようもなく愚かなのは果たしてどちらなのだろうか。顔は見ない方が良い。
「レイア。俺と一緒になってくれるか?」
なんて声だ。我ながらひどい声だ。ハンは苦笑した。
よくもまあ自分がこういう声を出せたものだ、と思うほどにそれは甘く柔らかかった。
「・・・はい」
そして返ってきた声は、とんでもなく愛しさに溢れていた。
きっと俺が慰めるようなそぶりを見せていたら、一生俺のプロポーズを受けてくれなかっただろう。ハンは改めて厄介な女に惚れたものだと笑った。
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