償いのひと





それは不意打ちのように訪れ、オプティマス・プライムを混乱に陥らせた。
居住地として提供されたフーバーダムの中を歩む足が止まる。隣を歩いていたバンブルビーが同じ様に足を止め、呆然とした様子のオプティマスを見上げた。
「オプティマス。どうかしましたか?」
様子がおかしい。バンブルビーは小首を傾げ、そろりと訊ねた。応えは返ってこなかった。
「オプティマス?」
少し声音を上げて再度問う。バンブルビーの瞳に怪訝な色が浮かぶ。警戒ではなく心配からだった。彼は時折思考に沈むが、呼びかければ必ず応えてくれた。共に居る時にこんなことはまず無かった。
やはり応えは無く、バンブルビーはいよいよ不安になって、彼の身体に触れた。軽く揺すり、更に声音を上げ、呼びかけた。
「オプティマス。・・・司令官!」
「あ・・・あぁ・・・バンブルビー」
ようやくオプティマスは呼びかけに応えたが、彼は酷く困惑しているようだった。いつもの落着いた深みのある声が、不安定に揺れていた。
オプティマスは額に手を持っていき数回かぶりを振った。そうして何度か瞬きをし、ゆっくりと眼光が消えるのをバンブルビーはじっと見ていた。
何かに悩んでいるのなら力になりたい。バンブルビーはそう思っている。しかしむやみやたらとそれを訊ねるのは良くないと彼は知っていた。
何も聞かないかわりにバンブルビーはだらりと下げられている腕を取った。大きく立派な腕だ。幾度と無くこの腕にバンブルビーは護られた。両手で包むように触れる。この彼を大切に想う気持ちが少しでも伝われば良い。そう思った。

しばらくそうしてた。時間にしてほんの少しだ。
バンブルビーの頭に大きな掌が優しく乗せられた。見上げるとオプティマスが緩やかに微笑んでいた。
「ありがとう。バンブルビー」
柔らかく暖かい声だ。バンブルビーの好きな声が戻ってきた。
バンブルビーはふるふると頭を振った。音声処理機構はすっかり治っていたが、こういう時咄嗟に出るのは声ではなく動作だ。次いで声が出る。
「いえ。でもどうしたのですか?大丈夫ですか?」
オプティマスが普段の調子を取り戻したことで、バンブルビーは先ほど抑えた疑問を押さえられなくなった。腕に触れていた手にぎゅっと力が入る。
どこか縋るようなその所作に、オプティマスはバンブルビーの頭を撫でながら、しゃがみ込んだ。目線を合わせ、笑いながら彼は言った。
「大丈夫だ、バンブルビー。やらなければならないことを思い出したんだ。うっかり忘れてしまっていた。どうもいけないな。すっかり緩んでしまっている」
「やらなければならないことって何です?手伝えることはありませんか?」
「ありがとう。しかし私ひとりで十分なことだよ」
「でも・・・」
「ケラーに、国防長官に呼ばれていたんだ。何、友として少しばかりアドバイスが欲しいと言ってきただけだから、お前が何も心配することはない」
そこまで言われてバンブルビーが何を言えるだろうか。彼はオプティマスがそう言うなら心配はない、とそう思うことにした。
「分かりました。・・・すいませんでした」
「お前がどうして謝ることがある?それは私のセリフだ。すまなかったな、バンブルビー」
オプティマスはもう一度バンブルビーの頭を撫で、立ち上がった。
「すまないが、ラチェットとアイアンハイドに私は出かけたと伝えておいてくれないか?数日かかるかもしれない」
オプティマスが歩き出す。バンブルビーは共に歩き出した。見送るくらいは許されるだろう。
「はい。ケラー国防長官に会いに行ったと伝えておけば良いですよね?」
「ああ、頼む」
「お任せください」

出口が見えた。オプティマスがビークルに変形する。走り出す赤と青のピータービルト379トレーラートラックをじっとバンブルビーは見つめていた。
ラチェットとアイアンハイドにはオプティマスの行先と共に様子がおかしかったことも伝えておくべきだろう。本当にケラーに会いに行くのだろうか。バンブルビーはそう思ったが、ここは疑うべきではないとすぐに思い直した。
バンブルビーはオプティマスを敬愛し彼に忠実であるが、妄信している訳ではない。オプティマスもまたそのようなことは望んではいない。
上官として、父として、そして友として時には対等であろうとする。彼はバンブルビーを個として接し尊重してくれるのだ。そんな彼だからこそ、バンブルビーは全ての献身を捧げられるのだった。
オプティマスが本当にケラーに会いに行くのかどうかは分からない。今すぐにケラーに連絡を取れば判明するだろう。しかし今必要なのはそんなことではなかった。

トレーラートラックはもう見えない。
バンブルビーは踵を返した。ラチェットはラボに居るだろう。センサーをそちらに向ける。反応は二つ。どうやらアイアンハイドも一緒にいるようだった。
走り出してしまいそうになるのを堪えながら、ラボに向かってバンブルビーは足早に歩いた。



*****



自分を呼ぶ声が聞こえた。
それは彼らに、特にバンブルビーには気付かれてはならない。オプティマスはそう強く思っていた。
自分は何を望んでいるのだろうか。全ては終わったはずだ。決着は着いた。彼の死で。

オプティマスはトレーラートラックの姿で走りながらケラーに連絡を取った。
いきなりのことだったので心配したが、あっさりと繋がりオプティマスはほっと息を付いた。彼は自分達のことを優遇してくれている。そこには何んらかの思惑があるのかもしれない。しかしそれでも彼のことはありがたいと思うのだ。
オプティマスは自分達が人類にとって脅威に成りえることをしっかりと理解していた。そんな自分達を受け入れようとしてくれているのだ。多少の裏など些細なことだ。

「いきなりすまない。繋げていただき感謝する」
「いや。構わないよ。しかし珍しいですな。どうなされました?」
「いや・・・大したことではないのだが・・・」
「おや?」
「部下に・・・仲間にそちらの方へ行くと言って出てきたのだが・・・」
ケラーはオプティマスの声を電話で聞きながら――オプティマスは電話回線に直接音声を繋げている――本当に珍しいものだと思った。こんな歯切れの悪い言い方をする男だっただろうか。ありえないことだが、なにかいたずらを仕出かした子供が言い訳をしているようだ、とケラーは思った。時間はそこまで詰まってはいない。ゆっくりと彼の言葉の続きを待った。
「ふむ?」
「実はそちらに行く訳ではなくて・・・」
「ははぁ。なるほど。分かりました。口裏を合わせて欲しいということですな?」
いたずらを仕出かしたというのはあながち間違いではなかったようだ。ケラーは思わず笑ってしまいそうになるのを必死で堪えた。
「まあ、そういうことになるのだろう。すまないが頼めるかな?」
「良いでしょう。引き受けましょう。しかしばれてしまっても責任は取りかねますぞ」
「いや。無理を言ってすまない」
「しかし珍しい。どうなされたのか聞いてもよろしいですか?」
「・・・・・」
オプティマスは言いよどんでいるようだった。言いたくなければ良い、とケラーが伝えようとした時、彼が先に口を開いた。
「・・・ひとりで行きたい場所がある」
「ふむ・・・では出来るだけばれないようにがんばりましょう」
オプティマスの重い声に、ケラーは朗らかに笑って答えた。本来なら止めるべきなのかもしれない。国防長官としてならば行くなと言うべきだろう。しかし彼が頼って来たのは友人としてのケラーだ。信じうる友として、ケラーはそれに答えた。
「ありがとう。感謝する。では失礼する」
ぷつりと通話が途切れた。ケラーは受話器を置いた。椅子に深く腰掛け、ふう、とため息を付く。
友人としてオプティマスを送り出した。ここからは国防長官として行動しなければならない。ケラーが一番に護るべきなのは人類なのだ。再び受話器を取った。番号をプッシュする。
緊急連絡用にと与えられた番号は、フーバーダムに居るオートボッツの誰かと繋がるようになっている。
呼び出し音が鳴り、すぐにそれは途切れた。
「はい」
「ケラーだ」

すまない、オプティマス。ケラーは心の中で友に謝った。国防長官として彼らに伝えない訳にはいかなかった。しかし友人として彼らに君を探さないように出来るだけ抑えておくから許して欲しい。
ケラーは電話先のラチェットに事態を伝えながら心の中で、もう一度すまない、とオプティマスに謝罪した。





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