Minha Namorada 10
※ジャズがラチェットの治療により復活、バリケードが生存している、というIF設定のお話です





それに最初に気付いたのはミカエラだった。
「見て、サム。彼の肩の」
彼女はサムの耳元でそっと耳打ちをした。
彼の肩。誰の肩だろう。対象となるのは三人いる。サムは同じように声を潜めてて返した。
「誰のだい?」
「バリケードのよ」
更に小声で返ってきた答えにサムはなるほどと頷き、そしてそちらの方へ再び顔を向けた。

視線の先にこちらに背を向け立っているバリケードが居る。その先ではジャズとバンブルビーが手合わせをしている。それは遠目にも手合わせとは思えないほどの迫力があった。
サムは視線を上げ、彼の肩を見た。特に何も変わったようなものは無かった。隣に立つミカエラに向かって首を傾げる。彼女は自分の肩より上で指をくるくると回した。
サムはそれが肩の先にあるドアーの部分だと理解した。再びそちらに視線を向ける。背を向けているのでちゃんと見れないことに苛立ちながら、サムはじっと目を凝らしてみた。少しバリケードが身動ぎし、そしてサムはミカエラが何を言いたいのかを理解した。
ばっとミカエラを振り返る。彼女は小さな声で、見た?と囁いた。
「うん」
「あれって・・・」
「そうなのかな?」
二人で顔を見合わせ、小声で話す。彼のドアー部分にあるマーク。その上を走る一筋の傷について。

「よう!」
「サム!ミカエラ」
二人がぼそぼそと話していると、手合わせが終わったのかバンブルビーとジャズが親しげな様子で近づいてきた。バリケードは近くの壁に寄り、そこへ凭れかかった。こちらの話に加わる気は無いが、出て行く気も今のところ無いようだった。二人の戦いぶりを反芻しているのか、こちらを見ているようで、彼独特の鋭い視線は感じなかった。サムとミカエラは彼に慣れたと言っても親しくなった訳ではない。向こうも同じだろう。
「ビー、ジャズ!凄かったよ!良くは分からないけど」
「格好良いわ!流石ね」
正直な感想だった。彼らが何をしているのか、詳しいことはさっぱり分からない。自分達にとって彼らの動きは速過ぎて、そして複雑過ぎるのだ。格闘技とかそういうものも良く分からない。しかし見ていて惚れ惚れする、それは本当だ。
「ありがとう」
バンブルビーが照れくさそうに礼を言う。
「でもまだまだだぜ。なあ、ビー」
ジャズが彼の肩に腕を回し笑う。そしてちらりと壁へと視線を向けた。
「先生曰く『お遊び』らしいからな」
「だね」
重いよ、ジャズ。バンブルビーは笑いながら回された腕を逆方向に捻った。サムとミカエラは見ない振りをした。ギブッ!という声も聞こえない振りをしておく。
「まだ勝てないの?」
先生、との試合は今のところ連戦連敗らしい。二人がかりでだ。限られた空間での徒手空拳による格闘術において、彼は抜きん出ている。銃火器を使用すれば流石に結果は変わってくるが。
「うん」
「情けねぇけどな」
肩を竦めるがその表情は楽しそうだった。二人とも楽しいのだ。それを思うとサムも自然に顔が綻んだ。

「ねえ」
穏かな雰囲気の中、ミカエラが遠慮勝ちに口を開いた。
「どうした、ミカエラ」
ジャズが返し、彼女はうん、と頷き少しだけ迷う素振りを見せた。しかしすぐにはっきりとした態度で言葉を続ける。
「彼の肩のアレ。前と違うわ」
ちらりと壁の方と見やり、そして目の前の銀色の機体を見上げた。
「ああ。まあ、つまりはそういうことだ」
ジャズの声は柔らかだった。
「あいつは、選んだ。・・・らしい」
嬉しさに少しだけ寂しさが混じっている。そんな声だ。
「らしい、って?」
「詳しくは知らねぇんだ。ある日突然だった。また早々からラチェットとラボに篭ったと思ったら、出てきたらああなってた。ラチェットに聞いても上手いことかわされるし、本人は黙ったまんま。オプティマスもアイアンハイドも何も聞かないから、あんまりしつこくも出来ねぇし」
「貴方、それで良いの?」
ミカエラが心配気にそう尋ねると、ジャズはにこりと笑った。
「今はな。どうしても知りたくなったら聞くさ」
オートボット。そう呼んでも良いのかと。
そしてくるりと背を向け歩き出した。壁の、彼の居る方へ向かって。肩越しに手を振り、またな、と言う姿は様になっていた。

二人が出ていってからミカエラがぼそりと呟いた。
「格好良いわね」
頷くサムを見て、バンブルビーが楽しそうに口を開いた。しゃがんで小さな声で言う。
「あのね。ああ言ってるけど、ジャズね、かなり拗ねてし、しつこかったんだよ。というか、未だに時々聞いているみたい。バリケードがちょっと愚痴ってた」
サムとミカエラは顔を見合わせた。そして盛大に噴き出してしまった。
「もうー!やだ、ビーったら!」
「いや、でも、格好良いよ、あはは」
笑う二人を見て、バンブルビーは満足そうに笑った。

彼が共に暮らすようになって、半年が経っていた。





その日、何時もの様にラチェットはラボに篭っていた。
一人で黙々と作業をしていると、声を掛けられた。ここ最近良く聞く声だ。手を止め、顔を上げ、その姿を見、頷いた。
「おや、バリケード。どうした?」
確か今日は手は特に必要では無いと言っていたはずだった。どこかへぶらりと行くか、他の誰かの相手をしているか、と思ったのだがどうしたのだろうか。

「いや。今忙しいか?」
そう言いながら、バリケードは近くの椅子に腰を下ろした。
「急ぎではないからな」
ラチェットは完全に作業の手を止め、彼に向き直る。
「で、どうしたんだね?」
「ああ。・・・消えない傷を付けることは出来るか?」
消えない傷。それの意味するところは何か。ラチェットはバリケードがちらりと自分の肩を見たのを見逃さなかった。そして気付いた。彼が何を言わんとしているのかを。

「ふむ。消えない傷か。出来んこともない」
自身の嫌悪感を押し殺してラチェットは言った。彼にとって消えない傷は忌むべきものだ。ラチェットにとって消せない傷は無い。どんな状態であろうと治してみせる。つまりは消える消えないは本人の意思次第なのだ。
傷を残すことを選んだ者達がメモリーより呼び出された。彼らの望みは理解は出来ないが、否定することも出来なかった。
「・・・そうか」
「まあ、私ならどんな傷も治せるがね。自己修復が出来なくなることが望みなのだろう、お前さんは」
「流石だな。なら話は早い」
バリケードは立ち上がり、診察台の方へと向かった。わざわざ移動せずとも、この場で施術出来るのは彼も知っているはずだった。あえてそちらに向かった理由。下手な詮索は止めて、ラチェットもそちらへと向かった。

「良いのか?」
問うと診察台に腰を掛けたバリケードは笑って、そして問い返してきた。嫌なのか、と。
その意味するところを知り、ラチェットも笑った。そして作業を開始すべく、体内に納められていた切断用工具を取り出した。切れ味の格別に良いそれは、最高硬度を誇るバリケードの装甲をも容易く切り裂くだろう。
「そんなはずは無いだろう。歓迎しよう」
「全く・・・愚かだな」
ふっと溜め息を付く。言葉とは裏腹にバリケードの声に侮蔑の色は無かった。
すっと刃を滑らせる。深く抉るようにし、青いそれに大きな傷を付けた。抉り取った部分を当人に渡す。彼は掌に乗せてじっと見ていた。
「それは誰がかね?」
「さぁな」
周囲の組織を溶かし傷を固定させる為に、ラチェットは次に溶接用の工具を取り出した。傷とは醜いものだ。残った傷は醜く在らなければならない。そう思いながらもラチェットは細心の注意を払い、青いディセプティコンシンボルに走る滑らかな傷を溶かし固めていった。
「変えた方が楽だな、こりゃあ」
左が終わった。次は右側だ。ラチェットはこれ見よがしにふうと息を付く。
「ふん」
「二度手間だな」
「さあな・・・今はまだだ」
「そうか」
同じ作業を繰り返す。二度目だ。先ほどよりずっと早く済んだ。
「さあ、出来たぞ」
その言葉を聞いて、掌に乗せられた欠片をバリケードは握りつぶした。細く薄い欠片はあっけなく潰れてしまった。
「さて・・・バリケード。そこに横になれ」
怪訝な表情を向けるバリケードにラチェットは笑って言った。
「もう制限は必要ないだろう?」
彼に施した駆動系の制限処理。それを取り除く、そうラチェットは言ったのだ。
「正気か?」
「ああ。至って正気だ」
「・・・俺は」
「お前さんは大丈夫だ。そんなものが無くともやっていけるさ」
「なにを・・・」
バリケードは動揺した。言われなくても分かっている。しかし指摘されたくは無い。いや、違う。指摘して欲しかった。分からない。制限処理は都合の良い言い訳だったのだ。ここに居る為の、理由。誰に対してか。全てだ。
ラチェットは彼の様子を見、更に言葉を選んだ。はっきり言うのはまだ早いと感じた。
「まあ、あれだ。取引だ。その傷と引き換えに身体の自由を取り戻した。な」
我ながら無理があり過ぎる理由だと笑う。それが功を成したのか、バリケードが呆れたように笑った。
「後悔するなよ」
憎まれ口を叩き、診察台に横になった。
「今更だな」
バリケードはラチェットの言葉に同意し、そして自らの機能を停止させた。

起こされて再起動したバリケードが上体を起こす。軽く腕を動かすとかつての感覚がすぐに蘇ってきた。すぐに演算回路が働き出す。算出された数値を駆動制御回路に送り、誤差が瞬く間に直されていく。
ほう、と息を付いた。そして立ち上がり、扉へと向かう。

「確かめなくても良いのかね?」
その背にラチェットは声を掛ける。半年前を思い出す。彼が目覚めて最初に行ったことは、自分への攻撃だった。
「必要無い」
素っ気無い言葉を残し、バリケードはラボを出て行った。
「やれやれ。お礼の言葉は無しか」
ひとり残ったラチェットがごちる。
「まあ、あいつに礼を言われるのもあまりぞっとしないな」
そしてそのうち駆け込んで来るだろう男をどのようにあしらうか考え、笑った。あまり質のよろしく無い笑い声がラボに響いた。





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