Minha Namorada 11
※ジャズがラチェットの治療により復活、バリケードが生存している、というIF設定のお話です





『・・・こちらスタースクリーム。応答せよ。生存者は応答せよ。こちら・・・』



「オプティマス、良いか?」
それは良く晴れた日の事だった。バリケードがひとりで居たオプティマス・プライムに声を掛けた。彼から声を掛けられることは滅多に無く――特にオプティマスがひとりで居る時に声を掛けられるのは初めてだった――少し驚き、そして穏かに応えた。
「構わないよ、バリケード」
バリケード。この小柄なディセプティコン、否、元ディセプティコンと共に過ごすようになってこの星の時間で一年が経っていた。自分達に取って大した時間の経過ではないが、人間と同じような生活することによって少しずつ感覚が変わってきたのか、それなりに感慨深いものがあった。たかが一年、されど一年。そんな言葉が論理回路をよぎった。
彼は、バリケードははっきりと言った訳ではない。ディセプティコンであることを止めたとも、オートボッツとして生きるとも、言ってはいない。ただ、自分達と生活し、自分達の誇りでもある――この思いは陣営が違っても変わりはないだろう――シンボルに傷を付けた。それは未だ消えることはなく、あの青いシンボルの上で主張している。
今はそれで十分だろう。オプティマスはそう思っている。甘いのかもしれない。しかしオプティマスには強要させることは出来なかった。
「時間はあるか?」
彼は見上げ問う。
「今日は特に何もないから平気だよ」
オプティマスが朗らかに答えると、バリケードは少し躊躇いを見せ、しかしそれをすぐに消し去り話を続けた。
「なら、付き合って貰って構わないか。・・・少し外へ行きたい」
もう彼の行動は制限していない。どこへ行こうと自由だった。彼は時折ぶらりと外へと出て行った。そして帰ってくるのだ、ここへ。
「私と?」
「ああ。貴方と。・・・無理か?」
「いや、構わない。今から行くかね?」
「ああ」
そう言ってバリケードはさっとビークルモードに変形した。ポリスクルーザーでは目立ちすぎるので、それと分かる部分は隠している。漆黒の艶やかなマスタングが走り出す。その後を赤と青のトレーラートラックが続いた。

二台は砂漠を抜け、海岸線をひた走った。会話は無かった。
しばらく海岸線を走り、やがてバリケードは横道に逸れて行った。オプティマスも続く。そして海を臨む広い場所に出た。彼らの他に誰も居なかった。
速度を落としたマスタングが崖のぎりぎりまで寄る。オプティマスも出来るだけ近くに寄った。青い海が一面に広がっている。自分達の感覚からしても大きい、そう感じるほどだ。
「オプティマス」
バリケードが口を開いた。閉鎖回線ではなく、音声でだ。傍目には随分おかしな風景だろう。そう思いながらも、オプティマスも同じように音声で答えた。
「どうしたんだ?」
「・・・オールスパークを手にする事と、そして貴方の事だけだった」
誰が。主語は無かったが、オプティマスはそれが誰の事を言っているのか直ぐに分かった。分からないはずが無かった。
オプティマスは何も答えなかった。バリケードは気にせず、まるで独り言のように続けた。
「この海の底にあの方がいる。・・・まさか失うなどと思ってもいなかった。俺はあの方を見つけ出して、そしたら奴らも大人しくなって自由に暴れることが出来る、そういう予測しか出来なかった。あの方の死など微塵も考えて無かった。比べればオールスパークの消失など取るに足りんことだ。・・・オプティマス」
ビークルモードで視覚センサーは表に出ていないはずなのに、オプティマスは強烈な視線を感じた。
「貴方は・・・貴方も、同じだったのか?」
はっきりと問いかけられる。誰と同じなのか。バリケードか。それとも。
考えるまでもない。どちらも、同じだ。
「ああ・・・そうだな。私もそうだ」
ずっと彼の事だけを見てきた。向ける感情は変質してしまったが、オプティマスの一番激しい感情は彼に向けられていた。何時だってそうだ。
そして、彼だけが死ぬとは思わなかった。ずっと先に倒れるのは自分だと思っていた。・・・それか共に逝くのだと。そう信じて疑っていなかった。そのつもりで戦いを挑んでいた。
改めて、その喪失を思った。スパークがしくしくと痛んだ。

「俺は囚われていないつもりだった。自分のやりたいようにやっているつもりだった。あの方が居なくなっても、他の連中の様に血眼で捜す気にもなれなかった。・・・何故か。簡単な事だ。囚われ過ぎていて見えてなかったんだろうな。居なくなるという事をはっきりと理解していなかったんだろう。本当にどこにも存在しなくなるなんて、そんな予測も出来ないほどに、俺は、失くすまで気が付かなかった。何をやりたかったのか分からなくなった。・・・何をして良いのか、全く分からなくなった・・・」
だからお前はずっと海を眺めていたのか。オプティマスはもし自分に仲間達が居なかったらどうだろうか、シュミレートしてみた。結果は言うまでも無かった。一年前のバリケードを姿が自分に置き換えられた。
掛ける言葉が見つからない。ロボットモードなら、きっと彼に触れていただろう。同じ痛みを共有する者として。
「オプティマス」
エンジンを吹かし、バリケードが動く。ターンし、海の方を向いていたフロントをオプティマスに向けた。向き合った形になる。
「俺は、俺の忠誠はあの方にだけある。メガトロン様にだけだ。たとえ何になろうとも、な」
考えれば危険な発言だ。しかしその言葉に不快感も危機感も感じなかった。
オプティマスは応えた。ある意味、危険な言葉でもって。
「・・・私の想いもまた同じだ。私は追い続けるだろう」
しん、と沈黙が落ちた。ふたりとも唯一人の男を思った。

しばらくしてオプティマスがエンジンを吹かした。
「さあ、帰ろう」
そう言って動き出す。来た時とは反対に、トレーラートラックの後をマスタングが続いた。

フーバーダムに着いた二人を待っていたのはアイアンハイドだった。
バリケードは心配性の彼らしいとこっそりと笑い、その場を後にしようとした。彼が待っていたのはオプティマスだと思ったからだ。実際背後では小言を言っているようで、行先を告げて行けだのというアイアンハイドの声を聴覚センサーが拾っている。
「バリケード!」
その声が自分に向けられ、バリケードは立ち止まり振り向いた。
「なんだ」
問いに答える代わりにアイアンハイドはオプティマスに別れを告げ、こちらへと向かって歩き出した。
隣に来て、止まった。並ぶと自然とバリケードが見上げる形になる。
オプティマスを連れ出した事で何か煩く言い出すつもりか。バリケードは少し警戒し、そしてそれは杞憂だと思った。別に彼は不機嫌になってはいなかったからだ。
「だから、何の用だ?」
だから何をしたいのか全く予測がつかなかった。
そんなバリケードの腕をアイアンハイドはむんずと掴み、歩き出した。
「飲むぞ」
半ば引き摺られるようになり、バリケードが抗議の声を上げようとした時――勿論、実力行使も伴って、だ――アイアンハイドがぼそりと言った。
「はぁ?」
結局その言葉に気力を殺がれ馬鹿馬鹿しくなったバリケードは、連れられるままにアイアンハイドの部屋に行き、そこで夜を飲み明かしたのだった。
引き摺られる最中、彼が思ったことは、どうしてこう大型機の連中は自分勝手に動きやがるんだ、という事だった。当然自分のことはすっかり棚に上げている。

アイアンハイドと飲みながら話したことは、やはりというかメガトロンの事と、統治時代の事だった。昼間とは違う系統の話ではあるが、不思議な感じがした。
ディセプティコンでは出来ない純粋に懐かしい話に、バリケードは少しだけ自分がオートボットを羨ましいと思うことを許した。



『・・・ードだ。生存者は俺だけだ。こちらバリケード。応答せよ・・・」
『バリケードか。スタースクリームだ。生きていたのか』
『ああ。お前はどうした。無事逃げおせたんじゃないかったの?ひとりでな』
『逃げただって?馬鹿な事を言うな。戦略的撤退ってやつだ。そんな事も分からないのか、馬鹿め!』
『で、何をしに来たんだ。まさか迎えに来たなんて言わないよな』
『お前こそ、何故生きている?・・・まあ、良いさ。俺はな、かの偉大なお方の仇を討ちに来たのさ』
『何人連れてきた?』
『さあな。まあ、精鋭とでも言っておこうか。俺様には敵わんがな』
『どうするつもりなんだ?』
『とりあえず、バリケード。一旦戻れ。そちらの宙域に移動させる。そうだな・・・そちらの時間で○月△日□時だ。察知されると拙い。数分で移動するからそのつもりでな』

通信は切れた。バリケードは寝台に寝転がり、ふうと溜め息を付いた。
あいつがまさか戻って来るとは。来る時とは違い戻るのは簡単だ。座標位置をインプットすればセイバートロンに楽に戻れる。
仇討ち。恐らくは周囲が持ち上げたのだろう。スタースクリームをそういう風に扱えるのは限られている。となると、あいつも来ていると見た方が良さそうだ。
ディセプティコンの熱狂ぶりが目に浮かぶ。さぞや仇討ちに燃えていることだろう。そしてスタースクリームはそれを疎ましく思いながらも、利用すれば良いと考えた。
・・・きっとあいつも自分自身の本心には気付いていないだろう。あいつも深く囚われている。もう戻って来たくはなかっただろうに。この星に残るメガトロンの影を消さなければ、あいつは自分の地位に安心することが出来ないのだ。
メガトロンの影。メガトロンの仇。オプティマス・プライム。あの同じように囚われ、しかし自分達と違う存在。メガトロンが囚われた唯一人。

シンボルを見る。深い傷の入ったそれをバリケードはじっと見つめた。





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