Minha Namorada 12
※ジャズがラチェットの治療により復活、バリケードが生存している、というIF設定のお話です





○月△日、早朝。
バリケードは自室から出た。活動している反応はひとつ。それは相変わらずラボを示していた。
隣の部屋の扉を見る。昨日、訪ねようかと迷っていたことを思い出し、馬鹿馬鹿しいと小さく呟いた。一体何を言うつもりだったのか。それを伝えて一体何になるというのか。
そっと溜め息を付き、くるりと背を向け歩き出す。廊下はしんと静まり返り、自身の足音だけが反響し、その存在を主張していた。
別にまだ夜も明けきらない時間に誰かが動いているのは珍しいことではない。外へ出ることもだ。それでも少しばかりの緊張を感じてしまうのは、どうしようもなかった。
まさか、この自分がオートボッツに対して後ろめたいなどと感じるとは。毒されたものだ。バリケードは苦笑し、傷付いたディセプティコンシンボルを見た。

エントランスに出る。バリケードは一度だけ振り返り、そしてトランスフォームした。艶やかなフォード・サリーン・マスタング・ポリスクルーザーがエンジンを吹かし、動き出す。
「バリケード!」
ポリスクルーザーが止まった。その隣に銀色の機体が駆けて来る。
「なんだ、ジャズ」
努めて冷静にバリケードは言葉を出した。欺くことは自分の得手なはずだった。なのに、妙な緊張感があった。息をするように嘘を吐くと言われた自分が情けないことだ。自身を叱咤する。
「トランスフォームしてくれ」
「何故だ」
「そのままは俺が嫌だからだ」
直球の我が侭にバリケードは溜め息を付き、そして要望通りにトランスフォームした。まだ時間はたっぷりある。
「一体なんなんだ」
改めてそう問うと、少しの躊躇の後、ジャズが口を開いた。
「行くのか」
静かに言った。そこに怒りも、哀しみも何もない、ただ静かな声だった。
知っていたのか。それとも今、分かったのか。いや、そんなことはもうどうでも良かった。ジャズは自分が何をしようとしているのか、どこへ行こうとしているのか、知っている。それだけで十分だった。
ならばもう隠す必要も無い。
「ああ」
バリケードは頷き、そして問うた。止めるか、と。
「ああ。その為に来たからな。・・・行くな。行ってくれるな。なあ、バリケード。行くなよ」
冷静な声が崩れる。縋るように抱き締められた。
こうやって抱き締められたのはあの時以来だ。あれからジャズは軽いスキンシップは取るものの、それ以上は無かった。言葉と態度だけで本気を伝えてきた。

背に腕を回し、バリケードは話し出した。
「お前は俺に言ったな。自分を偽るな、と」
返事は無い。
「俺は、俺にはやはり、メガトロン様しかいない。あの方が俺の全てだ。・・・お前の言う通り失って初めて気が付いたけどな」
笑う。肩口から愚図る様な声が聴覚センサーを擽った。でももういない、と。
「ああ、そうだな。でもあいつが、スタースクリームが戻ってきた。新しいディセプティコンを連れて」
「あいつはメガトロンじゃない!」
今度ははっきりとした声だった。バリケードは耳元ででかい声を出すなと言いたかったが、やめた。
「そうだ。あいつはメガトロン様じゃない。だけど、ジャズ。あいつが率いているディセプティコンは、間違いなくメガトロン様のディセプティコンだ。スタースクリームのものじゃない。・・・スタースクリームも含めて、な」
縋る身体を引き離した。出来るだけ、優しく。そして向き合う。
「なあ、ジャズ。お前はどうだ?お前が俺の立場だったとしたら、どうする?」
その言葉にジャズが泣きそうな顔をした。泣くということは無い自分達だが、人間の行動表情に照らし合わせると、そういう表現がぴったりとくる顔だった。
「・・・ずりぃよ」
「そうだな」
「そんな事言われたら、もう何も言えないじゃないか。行って欲しく無いって無理矢理にでも止めたかったのに・・・俺、マジなんだぜ。本気だったんだぜ」
「知ってる」
バリケードは俯く顔に手を伸ばした。頬に細い指を添える。そして言わないでおこうと思っていた事を音声に乗せた。
「そんなお前だからこそ、俺は・・・」
ジャズがゆっくりと顔を上げる。ほとんど同じ高さで視線が合った。ジャズはバイザーを上げている。バリケードの四つの視覚センサーの灯りがゆっくりと消えた。
「・・・俺は惚れたんだろうな」
そして再び赤い光が灯った。
ジャズはそれを見て、はっと我に返った。バリケードは今、なんと言った?
「マジでッ?!」
身を乗り出すように黒い機体に詰め寄った。あっと思う間もなく、二人して床に倒れ込んだ。大きな音がエントランスに響く。
これは皆出てきてしまうかもしれない。バリケードは妙に冷静な部分でそう思った。
「偽るな、と言ったのはお前だろうが」
乗り上がる男の顔を見上げる。先ほどの愁傷な態度はどこへ行ったのか。嬉しそうにしている。
その顔をもう少し見ていたい。バリケードはそう思った。しかし現実は違う。これは別れなのだ。
「・・・もうそんなことは意味を成さなくなるがな」
ジャズが先ほどとは逆に、バリケードの頬に手を添える。そしてぐっと顔を近付けた。視界が相手の顔で占められる。
「そんなこと、ねぇよ。俺達、ちゃんとお互いに惚れあってるじゃん。アンタ、認めてくれた。全然意味無くねぇよ」
「それで良いのか?」
「良くねぇけど、良い。だって他にどうしろって言うんだよ・・・」
しゅんと頭を垂れる。先ほどから、前向きになったり、落ち込んだりと忙しい男だ。しかしお陰様でこちらの弱気が吹き飛んだ。バリケードは軽く溜め息を付き、とりあえずどいてくれ、と上に乗る男に言った。
ゆっくりとジャズが立ち上がる。心なしか残念そうなのは見なかったことにし、差し出された手を無視して、バリケードも立ち上がる。

「ジャズ」
バリケードは一歩距離を取った。そして言葉を続ける。
「俺はディセプティコン以外の何者にもなれない。そしてお前はオートボット以外の何者にもならない。そうだな」
再び、一歩下がる。ジャズは動かなかった。
「・・・ああ。そうだ」
「昔、ディセプティコンはディセプティコンでなく、オートボットもまたオートボットではなかった。しかしそう呼ばれていなかっただけで、結局本質は同じだ。・・・何を言いたいか分かるか?」
また一歩。ジャズは笑った。少し寂しい笑みだった。
「大体、かな」
「そうか。なら、良い」
一歩下がり、そしてバリケードはトランスフォームした。エンジンが唸った。
「バリケード」
ジャズは声を掛け、そしてある信号を送った。遠隔だがきっと上手くいくはずだ。
黒い車体が遠ざかる。じっとジャズは見ていた。視覚センサーで捉えられなくなっても、見ていた。

『・・・待っている』
閉鎖回線にメッセージが届いた。繋がっている相手はひとりしかいない。





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