Minha Namorada 3
※ジャズがラチェットの治療により復活、バリケードが生存している、というIF設定のお話です。





バンブルビーはサムとミカエラを乗せ、レスキュー車の後を追った。ライム色の車体の先に、モノクロのポリスクルーザーがあった。時折、バンブルビーの視界にそれは現れ、そして消え、再び現れる。
おかしな気分だった。思えば、彼の背後に付く、ということは無かった。何時だって追われるのは自分で、彼は常にバンブルビーの背後に居たのだ。

サムとミカエラは黙っている。バンブルビーもまた何も話す気にはなれなかった。音楽を流す気にもなれず、車内はすっかりと沈黙に包まれていた。

フーバーダムが見えてきた。今ではそれが彼らの場所だ。この地球上で自由に動き回ることの出来る、限られた空間のひとつ。
基底部の入り口を、4台は並んでくぐる。おかしな光景だ。違和感を感じなかったのは、彼のそのサイズ故だろうか。バンブルビーはぼんやりと思った。

かつてメガトロンが居た場所に出る。十分に広いそこで、オプティマスとアイアンハイドが出迎えるように立ってた。他には誰も居なかった。

「ただいま、オプティマス。アイアンハイド」
ジャズがトランスフォームし、二人に声を掛けた。オプティマスは穏かにおかえり、と答え、アイアンハイドは少し不機嫌に唸った。
続いてラチェットもトランスフォームした。バンブルビーはサムとミカエラを降ろし、擬態を解いた。
ビークルモードのままなのは、艶やかなポリスクルーザーのみとなった。皆が注視する中、それは沈黙を守り続けた。

「バリケード」
しばらくしてジャズが静かにその名前を呼ぶ。
時間にしてほんの数秒だったが、サムにはやけに長く感じられた。辺りに漂う妙な緊張感のせいだろうか。それとも、自分が少し場違いな存在に思えるからだろうか。ミカエラを見る。彼女も同じような思いを抱いているのだろうか。ミカエラは困ったように笑い、サムの手を握った。
静かにそれはトランスフォームし、本来の姿を露にした。サムの記憶に嫌なものを刻み込んだその姿は、オートボッツと接する日々の中で耐性のようなものが出来たのか、思ったよりも恐ろしく見えなかった。

誰もが何かを言いづらそうにしている。そんな沈黙が再び流れた。
サムはバンブルビーを見た。今、彼は何を思ったいるのだろう。サムの視線の先で、彼はじっとバリケードを見ていた。それは静かで、サムは意外に思った。
そして今更ながらにサムは気が付いた。彼ら、オートボッツは誰一人として、武器システムを起動していないのだと。あのアイアンハイドすらだ。

しばらくしてオプティマスが軽く息を吐いた。まるで溜め息のようなそれに、彼の声が続く。
「・・・メガトロンは死んだ。スタースクリームはこの星を去った。ディセプティコンはバリケード、お前以外もういない」
静かな言葉だ。彼は一度そこで話を止めた。彼のアイセンサーの上にある瞼のような部品が、数度瞬いた。
「我々はお前を放っておく訳にはいかない。しかし、聞こう。お前はどうしたい?」

これがオートボッツのあり方なのだろうか。サムは思った。
敵であったものに対してこの態度、言葉。オプティマスの声のやわらかさは、とてもではないが敵対者に対するものではなかった。

バリケードはすぐには答えなかった。ゆっくりと顔を上げる。体格に遥かに勝るオプティマスを見上げ、彼は小さく笑った。その笑いは徐々に大きなものとなった。
サムとミカエラは寄り添い、バンブルビーの脚の後ろへとそっと移動した。他の者達は変わらず、そこにいた。
やがて笑いを収め、バリケードが口を開いた。その声は深く落ち着いたもので、サムが知っているものと全く違った。

「・・・貴方らしいことだ。どうしたい、だと?何と答えれば貴様らは納得する?貴様らが出来るのは、俺を捕らえておくことか、殺してあの海へと沈めることぐらいだろう。ネメシスはもうこの宙域に無いからな。俺は帰ることも出来ん。ならば、答えは決まっている。さっさと殺すが良い。それとも何か。俺がここで自棄になって暴れるのがお望みか?そうだな・・・勝ち目などないが、それも良いかもしれん。そこの虫けらぐらいなら道連れに出来るだろうな」
バリケードはサムとミカエラに赤いアイセンサーを向け、再び小さく笑った。人を馬鹿にするような笑みで、それは彼自身に向けられていると、赤い光に晒されながらミカエラは思った。殺意を向けられているはずなのに、不思議と恐怖は感じていなかった。オートボッツがいるからなのだろうか、それとも別の何かがあるのだろうか。ただ漠然とした安心感がミカエラの中にあった。例えば、彼はそんなことをしない、というような。
バンブルビーがそっと二人を庇うように、脚を動かした。動きといえばそれぐらいだ。バリケードは物騒な言葉は吐いたが、戦うような動きはみせず、オートボッツもまた構えてはいない。

「ジャズ」
オプティマスがバリケードの隣に佇んでいた銀の機体に声をかけた。彼は肩を小さく竦め、なんだい、と答えた。
「話は付けた、と言ったな」
「ああ」
「どのように?」
問われ、ジャズは再び肩を竦め、隣のバリケードを見た。少し思案しているそぶりを見せ、そして話出した。
「アンタ生きてたんだな。皆、死んじまったな。その気が無かったら、とりあえず一緒にこないかって、まあ、そんな感じかな」
「それだけか?」
ジャズのあっけない言葉にアイアンハイドが口を挟んだ。ジャズは笑い、曖昧に言葉を濁した。言葉がきつくなるアイアンハイドに、オプティマスが制止をかけた。
「アイアンハイド、やめておけ。・・・ジャズ。我々に話せないことなのか?」
オプティマスの声は少し寂しげで、ジャズは降参のポーズをし、小さく笑った。
「まあ、話せないって訳じゃないんだ。ただ、まあ、ちょっと、言いづらいっていうのかね。俺がバリケードにアンタが生きてて良かったなんて言ったなんて、なぁ。ちょっと色々説明が面倒だったし、恥ずかしいじゃん?」

ジャズの言葉に沈黙が降りた。しかしそれは今までのものとは違い、堅苦しいものではなく、皆呆気に取られて言葉が出てこない、という類のものだった。
「俺さ、実はバリケードに惚れてたんだよ」
更にジャズが衝撃的なことを話す。少し早口になっているのは照れからだろうか。ミカエラはぼんやりと思った。
「まあ、話せば長くなるんだけどな。色々とあった訳。あー、別に隠していたって訳じゃないぜ。聞かれなかったからまあ、良いかなって」
「時々、斥候に出させてくれと言っていたのはその為か」
一番早く、事態を把握し、持ち直したのはラチェットだった。アーク号に居た時の記憶を引き出し、なるほどと一人納得していた。
「いや、別に逢引、していた訳じゃないぜ。ぶっちゃけ、会ったら大抵殺し合いになってたし。でも、たまに、な」
ジャズがバリケードを見た。他の者も皆、彼に視線を向けた。バリケードは平然としている。馬鹿馬鹿しい、そういう態度だ。
「俺自身、気付いたのは最近なんだけどな。まあ、そんな訳。だから、バリケード」
ジャズの声の調子が変わった。真摯な音だ。
「お前を殺して破棄する、ってのは無しだ。オプティマス、必要ないでしょう」
オプティマスを見上げる。彼はゆっくりと頷いた。
「戦いは終わった。無用な死は必要ない。メガトロンが死に、オールスパークが失われ、仲間がいない今、バリケード、お前の抵抗は無意味だ。お前なら分かるだろう。我々はいつでも受け入れる。オートボットとしてのお前を」
ひとりであの海の傍に居たお前なら、分かるだろう。人々の街を破壊することも出来たはずだ。自分達を探し、復讐を願うことも出来たはずだ。彼ならば、ひとつの街なら壊滅出来ただろう、罠を仕掛け個別に叩けば復讐を果たせたはずだ。その先が明確な死であろうとも、多くの道連れを作れたはずだった。
しかしバリケードはそれをしなかった。ならば。オプティマスは思った。そして願った。
「オートボットに戻れ、バリケード」
彼は元々軍事用ではない。戦争が始まる前、彼は偏屈だが有能な物理学者だった。

「俺はディセプティコンだ。オートボットであった時などない。何時だって、これからもな」
オプティマスの言葉をバリケードははっきりと否定した。
「拘束しておけ。今更暴れる気もないが・・・それがお互いの為だ」
そして自ら、拘束を望むのだった。

「ラチェット」
嫌な沈黙を破ったのは、ジャズだ。
「なんだ」
「駆動系に制限を付けることは出来るよな。通常生活レベルまでの」
「出来ないことはないな」
「なら、それをバリケードに付けてくれ」
「ジャズ?」
「これで良いんだろう、バリケード?」
バンブルビーがここで初めて声を出した。怪訝なその声にジャズは答えずに、バリケードに向かって問う。バリケードは何も答えなかった。
「お前がそう望むならそれで良い。だから」
だらりと伸ばされた腕に触れる。ジャズはゆっくりと指を降ろし、バリケードの手を取った。細い指に触れる。
「死ぬな」

握られた手をバリケードは振りほどかなかった。





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