Minha Namorada 5
※ジャズがラチェットの治療により復活、バリケードが生存している、というIF設定のお話です
「さあ、我々も戻ろうか」
黄色いカマロの姿はもう見えない。彼らは実に良い関係を築いている。バンブルビーのことも、またサムとミカエラもことも、どちらも心配ないだろう。そう思いたいだけなのかもしれないが、オプティマスは自分が全てを解決できる訳ではないと知っていた。
ラチェットとアイアンハイドと共に、居住区へと向かう。
彼ら、トランスフォーマーは夜に休むという習慣はない。体内サイクルをわざわざ惑星のサイクルに合わす必要もなかった。
しかし地球という星を第二の故郷とし、馴染む為の一環として、彼らは夜の活動を出来るだけ控えるように決めた。休まずとも、それぞれの自由、また穏かに過ごす時間としたのだった。
「おや」
居住区の廊下にジャズが佇んでいた。ひとりだ。彼はひとつの扉の前にいた。
「なにをやっているんだ、あいつは」
「あそこは確か空き部屋だったはずだ。ということは、あそこにバリケードを入れたんだろう」
「隣だな」
「まあ、都合良く隣が空いていたものだ」
アイアンハイドとラチェットが顔を見合わせた。
少し歩くスピードを落とした二人をよそにオプティマスはそのまま進む。
「ジャズ」
そして声をかけた。当然気付いていたのだろう、ジャズはオプティマス、と返事を返した。
「そこが?」
「ええ。丁度隣が空いていたのでね」
「様子はどうだ?」
「まあ、変わりなく、と言ったところかな」
「そうか。お前もゆっくりと休むと良い」
「そうします」
「お前達も。今日はご苦労だったな」
オプティマスは振り返り、後ろの二人に声を掛けた。二人はそれぞれの自室への扉に手をかけ、軽く挨拶をして中に入っていった。
オプティマスも自室へと向かう為に歩き出した。ジャズはその姿が見えなくなって、軽く目の前の扉に触れた。溜め息を付く。すぐに離れ、そして隣の自室へと入っていった。
「こっちだ」
声を掛ける必要などなかったが、ジャズは部屋へと連れていく途中、バリケードに何度か話しかけた。バリケードは答えなかったが別に構わなかった。
居住区に入り、ひとつの扉の前で止まる。後ろに付いていたバリケードも足を止めた。
「ここだ」
扉を開け、中に入る。照明は自動で灯った。特に何もない簡素な部屋だ。寝台だけがぽつりと置かれている。
「必要なものがあったら言ってくれ。出来る限りは応えるぜ」
そう軽い口調で言い振り返ったジャズの隣を、バリケードは何も言わず通りすぎた。寝台に腰をかけ、そしてそこで二人になって初めて口を開いた。
「何をしている。さっさと出ろ」
冷たい声だ。ジャズはそれをスパークの内で笑い、扉を閉めた。勿論、自身は室内から出てはいない。
「まあ、そう言いなさんなよ。隣は俺の部屋だ」
「だからどうした」
「何時でも来てくれて良いぜ」
「馬鹿馬鹿しい」
寝台へと歩みよる。バリケードは座ったまま動かなかった。ジャズが見下ろす形になった。
しばらく睨み合い――解釈によっては見詰め合って――そして先に口を開いたのはバリケードだった。
「貴様、変わったな」
吐き捨てるようなその言葉にジャズは笑った。
「アンタは変わらなさそうだな」
そして過去のメモリーを探った。長い宇宙探索時代の膨大なメモリーの中のほんの一部。
ほとんどは戦いの記録だったが、たまに違うのが紛れ込んでいる。何度かの共闘、ただ二人なにもせず同じ場所に居たこと、少しだけ会話をして別れたこと。
ジャズはそれをただの気紛れだと思っていた。あの時までは。
「馬鹿馬鹿しいことだ。あんな馬鹿げたことを言う男だったとはな」
バリケードが笑う。はっきりとした侮蔑と滲ませた声だ。
ジャズはそれを寂しく思い、しかし仕方が無いことだと思った。自分だってきっと気付くことはなかったはずだ。
「俺もそう思うよ。でもな・・・どうしようもないじゃないか。死んで気付いちまったんだよ」
「何をだ」
「死ぬってことを」
「くだらんな」
「・・・やり残したことばっかりだったぜ。だから止めることにした。もう格好付けるのは止めだ。死んで気付かされるなんて馬鹿馬鹿しいじゃねぇか」
「少しは話せる男だと思っていたが・・・やはり所詮はオートボッツだな。失せろ」
「アンタは死なせないからな。・・・今日は戻る」
ジャズはバリケードの腕に手を伸ばしかけ、止めた。拳を握り背を向け扉へと向かう。
「明日も来る」
そう言い残し、ジャズは部屋を出た。
馬鹿馬鹿しい。
バリケードは灯りを落とした暗い室内で、寝台に腰をかけ思考した。
全てが馬鹿馬鹿しい。
惚れている?誰が?誰を?
己は一体何をしている?何をしたい?
あれはあんな男ではなかったはずだ。バリケードの知っているジャズは相手の深くへと踏み込むことを恐れている男だった。どこかしら似た部分がある、そう認めていた。楽だったのだ。ディセプティコンの誰とも違う気安さ。お互いに余計なことには触れない、何も言わない何も聞かない、それが全てだった。それなのに、あれはなんだ。あれは誰だ。
死んで気付いた?何をだ。死んだ?誰がだ。
そこでようやくバリケードは気付いた。ジャズは何を言った?あれは自分が死んだと言った。ではなぜ、ここに居るのだ。あれは誰だ。
ここに居る己は誰だ。なぜ、自分はここに居る?
「馬鹿馬鹿しい」
思考回路が相当いかれてしまったようだ。バリケードは自嘲した。
回路を休ませれば正常に働くだろうか。その時、どのような解を導き出すのか。
きっとろくな解など出まい。
あの時、逃げるようにあの場を離れたことを、今、バリケードははっきりと間違いだったのだと気付いた。なんと愚かしい後悔だろうか。
寝台に横になる。自身のシステムをスリープモードへと移行させる。ゆっくりと闇が広がる。このまま目覚めなければ良い、バリケードはそう思った。そしてそれは叶わないだろうということも知っている。
自分は死すらも願えなくなった。触れた手を振りほどけなかったあの時から。いや、そんなことはない。死にたければ何時だって死ねる。いや、無理だ。許されない。
誰に許しを請うのか。
馬鹿馬鹿しい。その思いを最後にバリケードは完全にスリープ状態に入った。
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