Minha Namorada 6
※ジャズがラチェットの治療により復活、バリケードが生存している、というIF設定のお話です





地球時間、06:00。いわゆる朝と呼ばれる時間だ。
バリケードはスリープモードを解除した。ゆるやかに動き出す中枢回路は当然のように、事実だけを浮き彫りにしてゆく。
確認するでもなく、バリケードはひとりだった。
しかし少しすっきりした。バリケードは上体を起こし、立ち上がった。周囲をスキャンしてみる。幾つかの反応があった。近くにひとつ、ふたつ、みっつ。離れたところにひとつ。これはあの軍医のものだろう。そういえば、駆動系への制限をかけるとか話していた。その準備でもしているのだろうか。他のみっつの反応は休眠状態を示している。逃げるなら今だ。バリケードは思った。しかし行動に移すことはなかった。
一体どこへ逃げると言うのか。働き始めた思考回路が問う。論理回路はその答えを出すことをせず、別の解を導き出した。
バリケードはそれが欺瞞であると分かっていた。オートボッツも、そして己も欺くものだと。微かな矛盾に目を瞑れば良い。それを当然のように行ってきたはずだ。己の目的達成の為に。
そしてバリケードは気付いた。何故こうも迷うのかを。今の自分には目的が無かった。成すべきことが無いのだ。
あれほど愛した戦いも、他者を欺く悦びも、目的では無かった。あれらは過程だ。

笑う。笑うしかなかった。声を出さすにバリケードは笑った。。
自分は囚われることを何より嫌っていた。何かに自身を引き渡すなど考えるだけでおぞましい。何かに囚われないように、その為にありとあらゆるものを偽り、欺き生きてきた。そう欺いていたのだ。
失くしたものはかえらない。失くして初めてその大きさに気付く。今の状況は正にそれだ。
突きつけられた現実は、実に単純でだからこそ滑稽だった。
すでにあの男はバリケードの目的だったのだ。戦いことも、欺くことも、そして死ぬことも、あの男の下にある為。メガトロンという男のディセプティコン。それにすっかりと全てを囚われ捧げていたのだった。
気付きたくなかったのか、本当に気付いていなかったのか。それを今、はっきりさせたところで最早意味は無い。文字通り、バリケードの目的は喪われたのだから。いや、違う。違わないが、違う。認めるのが嫌なのだ。喪われ、そうして現れた想いが煩わしい。
馬鹿馬鹿しい。
バリケードは笑いを収め、寝台に腰を下ろした。
「メガトロン様」
応えはない。
生きるべきか、死ぬべきか。どのように。どちらにしても時間が欲しい。バリケードはそう思った。あの男のこともある。あの男に関する感情回路の演算結果を認めることは出来ない。まさか、裏切られた、と思ったなどと、認める訳にはいかなかった。
そうして再び、己を欺く為に新たな偽りでそれを覆い隠す。偽りの目的。この場所に自分が存在する為の嘘。慣れたものだ。想いなど簡単に塗り替えられる。死を生と入れ替え、潜むことを馴染むことへと摩り替える。オートボッツと自分の本心を欺く為に生きる、今はそれしかないのだと、バリケードは幾つもの偽りを重ねていった。欺く為の偽り、偽る為の嘘。
「これで良い」
やはりこれが良い。バリケードは思った。己を偽ることで保たれる精神回路の安定は、バリケードに冷静さと安寧を与えた。それが危ういものだということは知っているが、知らないふりをする。またひとつ偽りが重なる。
とりあえず、生きること。それが今のバリケードの目的となった。真偽は知れない。

「バリケード」
タイミングを計ったかのように扉の向こうから声がかかった。実際、計ったのだろう。そういうところに敏い男だ。それはきっとバリケードの知っている彼と変わりはないだろう。
答えずにいるとそろりと開き、銀色の男が入ってきた。廊下の灯りを受け、きらりと光っている。なめらかな銀のボディ。
「起きてたのか」
分かっていたくせにそういうことを言う。バリケードは相手にするのも馬鹿らしいと思った。ただ視線だけを向ける。
「朝っぱらからで悪いが、ラチェットがお呼びだ。来てくれ」
肩を竦めおどけた態度を取るジャズは、やはりバリケードの知っている男だ。しかし確かにこの男は変わったのだ。彼の言うことが真実ならば、一度死んで。全くの別人ならば良かったのに。バリケードはそう思い、そんなことを一瞬でも考えた自分を内心で罵った。
偽った本心が微かに顔を出す。思いっきり目の前の男を詰ってやりたかった。しかしすぐに回路の奥深くに押し込め、冷静を装う。
「良いのかい?」
今更何を。鼻で笑う。殊更ゆっくりと立ち上がった。同じ高さで目線が合う。しかしバリケードはすぐに目を逸らし、歩き出した。ジャズの隣を半ば無視する形で通り過ぎる。ひとつの反応を頼りにそちらへと向かった。後ろから付いてくる気配に、向かう先が間違っていないことを確信した。

目的の扉の前でバリケードは止まった。中に反応はふたつ。扉が開く。白い。それがバリケードが思ったことだった。
「大人しく来るものだ」
ラボ。治療室、実験室、研究室。時によって意味合いを変えるそれの主が頷きながら言う。言葉とは裏腹に全く驚いた様子はなかった。
扉が閉まる。隣にジャズが立ったがバリケードはその存在を無視することにした。
「ふむ。早速で悪いが、バリケード。こちらへ横になってくれ」
示された寝台はこれまた白かった。体液に濡れればさぞや映えるだろう。飛び出した内部構造もまた彩りを添えてくれる。そんなことを考え、バリケードは今更何をと笑った。それを見ているだろうに、そこに居るオートボットは誰も咎めなかった。
大人しく寝台に横たわる。それを確認し、ラチェットが口を開いた。
「ではオプティマス。それにジャズ。もう結構ですよ」
さっさと出て行けとばかりに紡がれた言葉に、バリケードは驚いた。勿論表には出さない。自分とふたりっきりになるつもりなのだろうか、この男は。ジャズと良い、この男と良い、どうなっているのか。しかし不思議と舐められている、というような感覚はなかった。ただ純粋に驚いたのだ。
名を呼ばれた二人が顔を見合す。オプティマスの方はラチェットの言葉に従うそぶりを見せ、そしてジャズは反対した。
「嫌だね。俺はここに居る」
「ジャズ」
「駄目だ。お前も出て行くんだ」
オプティマスの少し困惑した声に、部屋の主の声が被った。
「嫌だ」
「オプティマス。連れていってください」
「ラチェット!」
「邪魔だ。お前は失敗させたいのか?」
何を。言わなくても分かったのだろう。ジャズは大人しくなった。
「難しいのか?」
不安げな声だ。お前が心配することではない、バリケードは思った。
「環境次第、と言っておこうか。分かっただろう。行きなさい」
「ジャズ」
足音がした。そしてシュンという音。反応が遠ざかる。

「さて。本当に大人しいものだな」
バリケードは答えなかった。
「だんまりか。相変わらずだな。都合の悪いことは無視、興味の無いことは棚の上、か。変わっていないようで何よりだ」
がさがさと動きながらラチェットのおしゃべりは続いた。
「とりあえず、万が一を考えて拘束させてもらうぞ」
手足に枷が付いた。こんなものを予め用意しているあたりに、彼の治療とやらは容易に想像できた。きっと碌なものではないだろう。

「こうやって話すのは何万年ぶりかね、バリケード」
すぐに作業に掛かる気はないのか、ラチェットが近くの椅子に腰をかけた。
「お前さんには苦労させられたからな。全くどんな改造を施したんだか、興味だらけだ」
それはこちらの台詞だ。バリケードは思った。自分が物理法則から先を予測するのに対して、この男は相手の身体の動きを見て予測して動く。指先ひとつの動きで次の行動を予測しているのではないか。それほどまでにこの男は機械生命体の駆動の仕組みを知り尽くしている。どのように動けば、相手はどう動くのか、この男と戦う時は先の読み合いだった。これが戦闘に特化していたならば、間違いなく大きな脅威となっただろう。しかし彼はあくまで医者なのだ。医者であろうとしていた。そのことに苛立ちながらも、バリケードは彼を認めていた。だから口を開いた。
「大したことはしていない」
「やっと興味が沸いてくれたか。大したことはしていないね。あんな訳の分からん動きをするのにそんな訳は無いだろう」
「一度見て全て把握したくせに何を言う。貴様が理解出来たということは、何ひとつおかしな動きをしてない、そういうことだろうが。ただ、無茶をしただけだ」
その言葉にラチェットが笑った。
「その無茶はどちらの無茶だね。身体への負担か?それとも挑戦か?全く・・・お前さんには本当に手こずらせさせられたものだ」
椅子と寝台は近い。十分に手の届く距離だ。ラチェットの指先が拘束された脚に触れる。
「この硬度。私が知っているより遥かに高くなっているな。この部分は自分でやったのか?まあ、あの面子ではお前は自分で行うしかないか」
ラチェットは指で触れながら様々な部位を診ていった。

「さっさとスキャンでもすれば良いだろう」
「勿体無い」
鬱陶しいとばかりに口を挟めば、あっさりと流されてしまった。
「お前さんだって、変わった法則を見つけてみろ。じっくり弄繰り回したいと思うだろう」
それは確かにそうだが、何かが決定的に違う気がする。バリケードは思った。しかしもう何を言っても無駄だとも思った。彼もまた、かつてと変わっていない。医学の権威であり、始祖評議会主席代表という地位にありながら、変わり者としても有名だったあの頃と。本来なら一学者のひとりであったバリケードとは係わることなど無い彼だったが、些細なことから交流があった。偏屈で有名なバリケードと、変人で有名なラチェットは何かを知るとこに貪欲だという共通点があった。物理と医学の融和性は高く、それらは確かに今のふたりの基礎部分の一角を成していた。
この男の興味を持つものへの執着をよく知っている。だからもう何を言っても無駄だ。止めるのには実力行使しかないが、手足を拘束されている今、その手段は使えない。
バリケードは溜め息を付いた。なんだか昨日と今朝、色々と考えたことがどうでも良いことのように感じられた。錯覚でしかないが。

「もう、良い。貴方に口で勝とうなどと少しでも思った俺が馬鹿だったな」
「なに。お前さんも大したものさ」
ラチェットが立ち上がる。覆うようにして覗き込まれた。
「で、どんなものなんだ?」
「まあ、無茶な改造だが、基本は問題無い。すぐに取り付けられるだろう。・・・良いんだな?」
「・・・今更だ」
ラチェットも、ジャズも、同じことを言う。そこに打算があることを知っているくせに。
「起きておくか?それとも眠っているか?」
「・・・・・・寝る。終わったら起こせ」
「分かった」
その声を最後にバリケードはスリープモードに移行した。どうせすぐに起こされるだろうから、本格的にシャットダウンする必要は無いのだが、完全に閉じてしまいたかった。

これは打算だ。身体の自由と引き換えに自分は必要なものを得るのだ。誰に対するでもなく、言い訳めいた言葉が落ちる瞬間、思考回路をよぎった。





NEXT→『7