Minha Namorada 7
※ジャズがラチェットの治療により復活、バリケードが生存している、というIF設定のお話です
外部からの接続により、自分が再起動する。それは穏かなもので、一体どれほどその感覚に触れていなかったのだろうか。バリケードはゆっくりと動き出す思考回路でぼんやりと考えた。こんな目覚めは本当に久方ぶりであった。
「・・・終わったのか」
自分を覗き込むように見ている男に声をかけた。視覚センサーに映し出された顔が、満足そうに頷いた。
「ああ。なんの異常もなく、な」
バリケードは腕を動かした。すでに拘束は解かれていたらしく、何の負荷を感じることなくそれはバリケードの意思通りに動いた。腕を支えに、上体を起こす。
支えをとき、腕と脚を同時に動かす。それは今までと全くなんら変わりはなかった。スムーズに意思通り動く。
バリケードはひとつ頷き、行動を起こした。素早く跳ねるように寝台から降り、鋭い蹴りを男に向けて放った、つもりだった。
繰り出した左脚はあっさりと男の手に掴まれて、不安定な体勢を余儀なくされた。
「なるほどな。速度に比例した負荷が掛かるのか」
「勿論、スピードが無くても一定の力を感知して同じようなことになるぞ。異様に重いだろう」
左脚を解放される。軽く地面に爪先を降ろし、再びバリケードは跳ねるように蹴りを繰り出した。さらりとかわされる。
スピードが段違いに遅い。そして爪先あたりに重しを付けたような感覚があった。関節部分が軋み、嫌な音を立てる。
蹴りだけでなく拳撃も交えるが、やはり思い通りに腕は動かない。苛立ち始めた感情のまま、当たらない鈍い攻撃をバリケードは続けた。ラチェットは反撃するそぶりを見せず、ただかわし続けた。
「ふむ。思ったよりも効果があったようだな。ああ、バリケード」
バリケードの拳がラチェットの正面を捉え、その顔面に迫った。
「一定以上の負荷がかかると・・・外れるようにしておいて正解だったな」
「・・・なるほど」
足元にごろりと転がった自身の腕をバリケードは足で蹴り上げ左手に収めた。くるくると手の中で回す。
「貴方相手でこの様か」
「それがお望みだったんだろう?ただ負荷をかけるだけでは止まれんだろう。慣れられてしまっては後々困るのはこちらだしな」
「・・・外すつもりか」
「いずれはそうしたいと思っているがね。まあ、お前さん次第だ。さあ、座れ」
全く、こういうのを二度手間と言うのだ。ラチェットは一人ごちながら診療台の前の椅子に座って手招く。バリケードは肘関節部から外れた腕を渡し、正面の診療台に腰をかけた。
修復の為の道具はほとんどがラチェット自身のパーツだ。器用に動く指先を見ながら、バリケードはふとあることを思った。そしてその為の行動を起こしたが、なんの反応も無かった。
「あんな厄介なものは最初に制御させてもらったぞ」
バリケードが何をしようとしたのか分かったのか、患部に集中していたラチェットが顔を上げにやりと笑う。
彼の言う通り、バリケードはウェポンモードへの移行が出来なくなっていた。更に通常状態でも腕に内蔵されているディスクを引き出すことが出来ない。
「流石にぬかりはない、か」
「まあ、用心に越したことはないな」
そう言って笑い、ラチェットは再び作業に集中し出した。
背を丸め俯き加減に作業するその姿は実に無防備だった。晒されたうなじは、機械生命体にとっても急所となり得る場所だ。スパークは胸部にあるが、集約された論理回路など重要な回路は頭部にある。例え制限された力でも、無防備なうなじを傷つけることぐらいは出来るだろう。用心に越したことはないとは聞いて呆れるものだ。
滑らかに動く指の動きを見ながら、バリケードは思った。ああ、そういえばこの指があの男を蘇らせたのか。その話が真実ならば。
「さあ、終わったぞ」
作業は思ったよりも早く終わった。その手際の良さをバリケードは素直に感心した。普通に動かす分には何の違和感も無かった。
「お前さんのことだ。大体のデータは解析済みだろう。仕事を増やさんでくれよ」
立ち上がり、器具を身体に仕舞いながら、そう言いラチェットは笑った。すぐに出て行くかと思われたバリケードは椅子に座ったまま、何かを考えているようだった。ふむ、と頷きラチェットはもう一度椅子に座りなおし、背もたれに深く背を預けた。
少しの沈黙が落ち、バリケードが口を開いた。
「あの男を蘇らせたのは貴方だと聞いた」
あの男。ジャズのことか。ラチェットは言葉で返さず、ひとつ頷くことで答えとした。
「・・・死んだのか」
「あの状態は確かに死んでいたと言えるだろうな。思い出したくもないが、無残なものだった」
「スパークは」
「確かに零れ落ちるのを見た」
それは間違いなく彼ら機械生命体にとっての死、だ。
「オールスパークは・・・オールスパークは失われた。何故だ」
「正直に言うとな。私自身、良く分からんのだ。あの時は・・・そうだな。ただひたすら夢中だった。何をどうやったのか、何故そうなったのか、メモリーに残ってはいないのだよ。自分がやったということすら、信じられん。未だにな。しかしジャズは今、生きている。ただそれだけが事実だ。そして・・・もう二度と無いだろう、それだけだ」
「ありえん」
バリケードは俯き、小さく呟く。ラチェットはその姿をじっと見つめながら、しかし事実だと言った。
「本当にあいつは死んだのか。それはもう誰にも分からんよ。誰も・・・本物の死を知らないのだからな。我々のデータベースにすら存在しないものだ。スパークがまだ残っていた状態で助からなかった者も多い。考えられるのはやはり・・・オールスパークなのだろう。あれの消失がなんらかの作用を及ぼした。そうとしか今のところはそう考えるしかない」
なら何故、ディセプティコンは蘇らない。そう問おうとしてバリケードは止めた。聞くまでもなく、当然のことだった。倒すべき敵の復活を誰が願おうか。
「良く・・・受け入れたものだな」
有り得るはずのない事が起こった。自分達の理解を超えた現象。ある程度の矛盾は受け入れられるが、それでも限度はある。あの男の事はまさにそれだろう。
「なに。嬉しさが勝ったという話なだけだ。・・・人間達は言った。奇跡だと。奇跡には理由も理屈もない。原理も真理もない。法則も論理もない。理解出来ないものが奇跡なのだとな。愚かなと思ったが・・・今は確かにそうとしか言いようがない」
「・・・それはただの思考の放棄だ」
「そうだな。しかし我らは彼らを笑えまいよ。遥か昔から我々は自分達の生命の仕組みに関しての思考を放棄してきた。オールスパークの力、と言う言葉でな」
ラチェットの声が少し怒りと哀しみを帯びたものになった。バリケードはかつて彼と交わした数々の議論を思い出した。
「・・・貴方は強行すべきだったのだ」
オールスパークの研究。それはラチェットが唱え続けてきたものだった。彼だけではない。何人もの医者学者達はそれを支持していた。しかし決して許されることは無かった。もう少し。後もう少し、あの時代が続いていれば叶ったかもしれないが、それももう終わったことだ。何もかも失われた。
「その通りだな」
しかしもう遅い。ラチェットは溜め息を付き、立ち上がった。
「バリケード」
座っているバリケードを見下ろす。
「お前は・・・君はどう思っている?」
曖昧な問いだったが、バリケードは何を問われているのか十分理解出来た。
立ち上がる。見上げることには変わりはないが、視線は格段に近くなった。アイセンサーの青い光がじっと見つめている。重ねた年月を感じさせる色だ。
しばらく視線を交わしあい、そしてバリケードは踵を返した。背を向け、扉へと向かう。
「さあ、な」
そうして廊下へ出る寸前で振り返り、小さな声でそう言った。そして出て行った。反応が遠ざかる。
その一瞬に浮かべた表情をラチェットは確かに見、再び溜め息を付いた。きっともう一悶着あるだろう。そして思うのだ。たったひとり取り残される。それはたったひとり先立つことと同じではないのか、と。
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